「歪んだ波紋」塩田武士

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第40回吉川英治文学新人賞受賞作品。報道にかかわる5つの物語。

短編集となっているが、いずれも報道で長く働く人物の視点で描く。5つの物語はいずれも世界としてはつながっており、また登場人物も視点が異なるだけで共通している。新聞や報道番組などの古いメディアが、インターネットの発展に伴い少しずつ存在意義を失いつつあるなか、生き残りをかけようとする様子が見えてくる。そして、そんな生き残りをかけようとするなかで、報道としての視聴率、発行部数、ページビューなどの数字を稼ごうとする人々と、人間としての良心、報道としての社会的存在意義やモラルとの間で揺れ動く人々を描いている。

本書はそんななか虚報と呼ばれるフェイクニュースが大きなてーまとなっていく。本来フェイクニュースと誤った情報を報道する誤報とは分けて考えられるが、話題性や視聴率を求める報道の人間のモラルや考え方によって、その境界に踏み込んでいく様子が描かれ、その一方で、視聴者の側も、物語の信憑性や真実ではなく、表面的な面白さを求めるゆえに、表面的な報道に振り回されるという問題も見えてくる。

最新のニュースに振り回されることの無意味さを改めて感じた。もちろん自分の人生にどれだけ緊急性を伴って影響するかによるが、新しい出来事について知るなら、誇張や虚偽や不確かな情報が混じる最新のニュースよりも、真偽や背景や善悪を考慮してまとめ、責任の所在も明らかな発生から数週間から数ヶ月後の書籍に触れるのが一番なのではないかと感じた。改めて報道の存在意義、そしてそれに触れる一般の視聴者としての姿勢を考えさせられる一冊である。

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「罪の声」塩田武士

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
服屋を経営する曽根俊也(そねとしや)は、ある日父親の遺品のなかに不思議なテープを発見する、それは自分の子供の時の声が録音されたテープであり、30年前に世の中を騒がした犯罪に使われてものだった。テープの謎を解明するために父親の過去を調べ始める。

物語は2人の視点を交互に行き来する。一人は父親の遺品のなかに不思議なテープを発見した曽根俊也(そねとしや)、そしてもう一人は、上司から30年前の未解決事件を取材するように命じられた阿久津英士(あくつえいじ)である。本書では「ギン萬事件」という30年前の未解決事件の真相に近づこうとする2人を描いているが、実際の題材はグリコ森永事件である。

曽根俊也(そねとしや)は父の知り合いの協力をあおぎ少しずつ真相に近づくいっぽいで、阿久津英士(あくつえいじ)は各方面の関係者に取材していく。当時は口が硬かった人も、30年経って事件が時効を迎えたために、新たな真実が見えてくる。

本書では犯人の描写まで描かれておりその点はもちろんフィクションであるが、それに至る経緯は実際のグリコ森永事件に忠実に描いている。僕自身小学生でうっすらとした記憶しかないグリコ森永事件に改めて関心を抱かせてくれた。小説というフィクションでありながらも、一つの時代を作った大きな出来事を新たな視点で教えてくれるまさに優れたフィクションと言える。

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「騙し絵の牙」塩田武士

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
雑誌「トリニティ」の編集長である速水(はやみ)が電子化の流れで雑誌の廃刊が相次ぐ中、同じチームのメンバーや作家と協力して雑誌を守り抜こうとする様子を描く。

編集者というと、ただの出版の担当者という印象を持っていたが、本書を読むと、作家の資料集めの手助けもするし、作家のモチベーションを上げるためにいろんな助言を与えたりすることもわかり、思っていた以上に本を出版するにあたって重要な仕事をしていることがわかった。

本書では雑誌「トリニティ」の編集長である速水(はやみ)は、会社で各雑誌が相次いで廃刊が進む中、上司から廃刊を免れるための厳しい目標を課せられる。様々な人で構成されたチームを編集長として率いていく。電子化は止められないいという書籍の現実の中で、編集者という仕事に向き合っていく姿が印象的である。

特に大きな山場などないにもかかわらず、編集長としての仕事の大変さや、面白さを見せてくれる点が面白い。なんか続編もできそうな印象である。

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「盤上に散る」塩田武士

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
なくなった母の持ち物を整理していた明日香(あすか)は母から林鋭生(はやしえいせい)という男に宛てられた手紙と林鋭生(はやしえいせい)に関する新聞記事を見つける。母の手紙をを届けるために林鋭生(はやしえいせい)という男を探すことにし、やがて林鋭生(はやしえいせい)は賭け将棋で生きる真剣師であることを知る。

明日香はやがて、同じく林鋭生(はやしえいせい)を探すリーゼントの男性達也(たつや)と行動を共にすることとなる。いろんな将棋関係者に話を聞きながら、林鋭生(はやしえいせい)に近づいていく。そして、達也を使って鋭生(えいせい)を探す刑事の市松(いちまつ)もまた、鋭生(えいせい)を見つけなければならない深い理由を抱えており、少しずつ真実の明らかになっていく。

真剣師という生き方や、将棋の駒も作りがすごければ芸術となることを本書を読んで初めて知った。登場人物が多くて途中やや中だるみするが、謎が溶けていく後半は一気に読ませてくれる。真剣師という、プロの世界とはまた違った世界で将棋に命をかける人々を描いた作品。将棋がやりたくなっただけでなく、将棋の駒という芸術に関心を関心を抱かせてくれた。

著者塩田武士は本作品で初めて触れたが、どうやらほかにも将棋を題材とした作品を書いているようだ。ぜひ他の作品も呼んてみたいと思った。

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