「去就 隠蔽捜査6」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「隠蔽捜査」に始まる竜崎伸也(りゅうざきしんや)のシリーズの第6弾である。
大森署署長を務める竜崎のもとに 大森署管内で連れ去り事件が発生する。このシリーズの面白い点は、毎回事件解決と同じぐらい警察組織内の政治が描かれている点である。今回もその点では同様で、組織内の立場や面子を気にして行動する人々の中で、ひたすら論理的に行動して正義を貫く竜崎の生き方が爽快である。
今回は、竜崎の娘の美紀(みき)の恋人との問題を仲介したり、署内の女性警察官、根岸紅美(ねぎしくみ)の業務改善をする過程でストーカー問題に焦点があたっている。
読み終えて気づいたのだが、このシリーズの面白さは竜崎伸也(りゅうざきしんや)の真っ直ぐさだけで、他に特に学ぶ部分はないのである。にもかかわらずこうやって第6弾まで読み続けている点が面白い。きっと同じように竜崎の生き方だけに魅力を感じてこのシリーズを読み続けている読者は多いのだろう。
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「自覚 隠蔽捜査5.5」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
しがらみや上下の階級意識の強い警察組織において、合理的に物事を解決しようとする大森署署長の竜崎伸也(りゅうざきしんや)の物語。
「隠蔽捜査5.5」という副題が小数点をつけているのは、本書が短編集という意味である。同じ警察組織の中の、竜崎(りゅうざき)の周辺の人々が、日々起きる事件や問題を対処していく様子を描く。一歩判断を間違えれば大きな問題になりかねない状況を、竜崎(りゅうざき)が解決していく様子が爽快である。
本書ではシリーズ全体を通じてたびたび登場する戸高(とだか)の活躍もいくつか見られる。彼は優れた捜査官でありながらその勤務態度ゆえに問題視されているのであるが、仲間からの信頼は厚い。竜崎(りゅうざき)と戸高(とだか)の不思議な信頼関係は本シリーズの魅力の一つでもある。
このシリーズを読むといつも思う事であるが、自分自身も人間として竜崎(りゅうざき)のように、常に冷静で、平等かつ合理的に行動したいと思わせてくれる。
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「宰領 隠蔽捜査5」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
管内で国会議員が失踪した。署長の竜崎伸也(りゅうざきしんや)は極秘の捜査によって誘拐殺人事件であることが明らかになる。
例によって、地位の上下や私欲に縛られずに正義を全うしようとする竜崎(りゅうざき)の姿勢に触れられる本シリーズは面白い。今回の事件は神奈川県警も巻き込んでいることから、神奈川県警、警視庁、双方の立場を考慮して行動していく。また、事件のほかに、息子の大学受験という家族の問題も同時に抱えている。様々な業務を洗い出してそれぞれを優先順位をつけて的確な解決方法を見つけ出して処理していく様子はなんとも爽快である。
毎回、自分自身の行動についても見つめ直させてくれる一冊。
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「初陣 隠蔽捜査3.5」今野敏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
警視庁の刑事部長である伊丹俊太郎(いたみしゅんたろう)の仕事の様子を描く。
「隠蔽捜査」シリーズは本来竜崎伸也(りゅうざきしんや)を主人公にしており、本作品は番外編となる。伊丹俊太郎(いたみしゅんたろう)は竜崎(りゅうざき)の友人で本書の短編はいずれも伊丹(いたみ)目線で描かれているが、伊丹(いたみ)が警察組織のしがらみや、捜査の進め方に迷ったときに竜崎(りゅうざき)に助言を求めるという形で竜崎(りゅうざき)が登場する。
本書に含まれる8編とも、伊丹(いたみ)が悩み、最終的に竜崎(りゅうざき)に助言を求めることで解決に向かう、というワンパターンな展開であるにもかかわらず、竜崎(りゅうざき)の論理的で真摯に正義を全うしようとする姿勢はとてもいずれも読んでて爽快な気分にさせてくれる。
それぞれの短編は、これまでのシリーズ1,2,3の竜崎(りゅうざき)の物語を伊丹(いたみ)の目線から見たものを寄せ集めてきたような構成になっており、これまでのシリーズ作品を読んでいないと消化不良な部分もあるので、本書だけを読むのはお勧めしない。シリーズの最初から読み進めて欲しい。
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「転迷 隠蔽捜査4」今野敏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
降格人事によって大森署の所長となった竜崎伸也(りゅうざきしんや)。その担当の区域で複数の事件が立て続けに起きる。外務省や厚生労働省など事件解決とともに政治的な駆け引きに竜崎(りゅうざき)は関わっていく事となる。
「初陣 隠蔽捜査3.5」を間に挟んだので隠蔽捜査シリーズの第5弾となる。このシリーズは毎回、キャリアというイメージにそぐわず、つまらない縄張り争いや、階級意識などをもとともせずに正義を全うしようとする竜崎(りゅうざき)の率直かつ合理的な判断が読者に爽快感を与えてくれる。本書もそんな読者の期待に応えてくれるだろう。
シリーズのこれまでの作品はいずれも警察内部の出来事を描いた多かったように記憶しているが、今回は麻薬犯罪に絡んで、外務省や厚生労働署、そしてこちらは警察内部ということになるが公安が絡んでくる点が新しい。
例によって小学校時代の同級生であり現在は警視庁の刑事部長である伊丹俊太郎(いたみしゅんたろう)の存在が物語を面白くしている。伊丹(いたみ)も正義を全うする必要性を感じながらも、組織や権力のしがらみに右往左往することもあるため、竜崎(りゅうざき)の合理的なものの考え方を際立たせる事に鳴る。
一介の警察署長として大森署に捜査本部の場所を提供するだけだった竜崎(りゅうざき)がやがて事件の真相に近づいていくこととなる。シリーズ物といのはだいたい4作目、5作目と続いていくと飽きてくるもおだが、本シリーズは続編が楽しみである。合理的にものを考える男性向けのシリーズなのかもしれない。
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「凍土の密約」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ロシアに精通した公安捜査官倉島(くらしま)の物語の第3弾。都内で発生した殺人事件の捜査に加わるように倉島(くらしま)は理由も告げられずに指示される。
「曙光の街」「白夜街道」に続く第3弾である。前2作品は元KGB諜報員ヴィクトルと倉島(くらしま)の双方に焦点をあてた物語だったが、本作品では残念ながらヴィクトルは名前として出てくるだけで姿を現さない。そのためシリーズのなかではかなり地味な展開になっている。
さて、都内で発生した殺人事件で、明らかにプロの仕業と思われる遺体を目の当たりにし、倉島(くらしま)はそのロシア絡みの情報網から一人のロシア人、アンドレイ・シロコフという名前にたどり着く。いったいその男は何を企んでいるのか、なんのために被害者たちを殺したのか。その真相を突き止めるため、倉島(くらしま)はロシア人やその関係者たちから情報を得ようとする。しかしそれは、一歩間違えればこちらの動きを相手に教えて、自らも命を狙われかねない行動。常に危険な駆け引きの連続である。ある人間について調べるためにその人間の名前をネットで検索するだけで、追跡者として特定され命の危険にさらされる。そんな様子はなんでもかんでもまずインターネットで調べようとする人にとっては衝撃かもしれない。
さて、真実が明らかになるにつれてそれは第二次世界大戦中の出来事へとつながっていく。公安捜査官の活動は近年いろいろな刑事ドラマに取り上げられるせいか、一般の人にもある程度知られるようになっては来ているが、それでも平和な日本を満喫している僕らにはとても現実感わかない世界である。本作品はスピード感や読者を一気に引き込む力があるわけではないが、そんな公安捜査官たちが、僕らの視界に入る前のところで平和を守ろうと奔走する姿が伝わってくる。
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「疑心 隠蔽捜査3」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大森署の署長を務める竜崎伸也はアメリカ大統領来日の際、方面警備本部の本部長に任命される。
「隠蔽捜査」シリーズの第3弾である。このシリーズはいずれも竜崎伸也(りゅうざきしんや)という有能なエリート警察官を描いている点が、多くの警察物語と大きく異なる点である。
一切の不正を行わないだけでなく、キャリアでありながら、その立場に溺れて部下に不必要な指示を与えたりせず、常に事件解決、防止のための合理的な決断をし、それを実行する点が僕ら読者の持つ「キャリア」のイメージと大きく異なり、本シリーズの魅力となっている。
しかし、本作品では、補佐役として方面本部に参加してきた魅力的な女性キャリア畠山美奈子(はたけやまみなこ)に恋愛感情を抱いてしまい、竜崎(りゅうざき)の持つ倫理観と、それと相反する感情の葛藤のなかで、本部長という重要な役目をこなさなければならない、という過去2作品とはやや異なった展開になっている。
例によってテンポのいい迅速な展開で非常に読みやすい。このシリーズの魅力は、最終的に竜崎の見せてくれる芯の通った決断と合理的な判断が、しっかりと問題を解決してくれるという、その爽快感だろう。前2作に比べるとややその個性が薄れてしまった気もするが、一気読みさせてくれる展開力は健在である。
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「遠い国のアリス」今野敏

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
少女漫画家の有栖(ありす)は休暇中に熱にうなされて、不思議な世界にたどり着く。そこでは自分の知っている人たちが少しずつ違うように振舞っていた。
警察小説で有名な今野敏の作品である。警察小説の面白さはすでに知っているが、その著者がこうも異なるジャンルをどう描くのか興味があって手に取った。「不思議の国のアリス」をもじったタイトルにどうしてもファンタジーを連想させるが、実際には本作品はむしろSFである。有栖(ありす)が別世界から来たことを受け入れて、みんなで彼女をもとの世界に送り返す方法を考え始める。
そこで議論される時間と空間の話、「四次元」「時空」「亜空間」などは、どちらかといえば理系的な話でファンタジー小説を求めて本作品を買った読者にはひょっとしたら敬遠したい話かもしれない。とはいえ、夢と現実、四次元空間における時間の受け止め方、などはすでに知られている考え方とはいえ、改めて別視点から説明してもらった気がする。
ただ、物語としてはかなり未熟な感が否めない。時間と空間の話を会話形式で進めた初心者向けの教科書、みたいなちょっと残念な出来である。
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「果断 隠蔽捜査2」今野敏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞受賞作品。
家族の不祥事による降格人事に従って、大森署の署長となった竜崎。その管内で拳銃を持った立てこもり事件が発生する。
「隠蔽捜査」の続編である。そして、主人公は今回も、恐ろしいまでに自分に厳しく生きる東大法学部卒のキャリア竜崎(りゅうざき)である。縦割り社会の警察組織の中にあって、人の顔色を伺うことなく合理的な行動をしようとする竜崎(りゅうざき)は今回も周囲から異質な存在として見られる。それでも少しずつ新しい環境にあって周囲から信頼を得ていくすがたが面白いだろう。
さて、この竜崎(りゅうざき)という登場人物がなぜこんなにも強烈かというと、それはきっと、「真面目」と「賢い」という2つの要素が融合した登場人物というのが日本の文化に今までなかったからではないだろうか。
賢く頭の切れる人間は時にルールを逸脱する。そしていい結果を導くことが長く日本人に受け入れられてきた美学だったのだ。そしてそれと対になるように、真面目な人間はどこか融通が効かずに最終的に損をする。それが良くあるお約束だったのだ。
ところがここで竜崎(りゅうざき)には「真面目」と「賢い」が同居してしまった。そうするとさぞ近づきがたい人間のように聞こえるのかもしれないが、物語はその竜崎本人の目線で進む。理想に近い行動を選択しながらも、心の奥ではつねに信念と規則と人の気持ちと、いろいろなものの重さを量りにかけて決断しているのだとわかるだろう。

「そんなに堅苦しく考えることはない。私用でちょっと出かけるなんてのは、誰だってやっていることだ。」
「みんながやっているからといって正しいというわけではない。」

実はそんな竜崎(りゅうざき)の物事の考え方は、かなり僕にとっても共感できる部分があり、特にこの台詞は印象に残った。

「相変わらずですね。ご自分が正しいと信じておいでなので、何があろうと揺るがないのです。」
「俺は、いつも揺れ動いているよ。ただ、迷ったときに、原則を大切にしようと努力しているだけだ。」

そう、結局、国や誰かの決めたルールで判断するのでなく、人は自分のなかの何かにしたがって判断をし、行動しているのだ。しかしその「何か」が不安定なものならば意味がないし、その「何か」と目の前で起こっている事実を照らし合わせるためには、知識や観察力が必要。だから僕らは学ぶのだ。
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「TOKAGE 特殊遊撃捜査隊」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手都市銀行の行員3名が誘拐された。警視庁捜査一課特殊犯係の上野(うえの)も捜査員として加わることになる。
誘拐事件を扱った物語と言ってしまえばなんともありきたりな印象を与えるかもしれないが、そこは今野敏らしく登場人物もそれぞれから事件を見つめる視点も個性的で魅力的な作品に仕上がっている。
そのタイトルの通り本作品はトカゲと呼ばれる警視庁捜査一課特殊犯捜査係の覆面捜査部のメンバーに焦点をあてているが、そのトカゲの中にも経験豊富な涼子(りょうこ)と、訓練は積んできたが誘拐事件にかかわるのは初めてという上野(うえの)という対照的な存在があり、その二人のやりとりが非常に面白く描かれている。
涼子(りょうこ)は女性でありながら誰もがその能力を認めており、今回の誘拐事件を通じて、初の実践となる上野(うえの)に多くを学ばせようとするのである。そんななか印象に残ったのは、今回の事件を通じて少しでも多くを学ぼうとする上野(うえの)が信頼できる上司である高部係長と同じトカゲの涼子の間で起こる阿吽の呼吸に対して嫉妬する箇所だろうか。

2人の間には他人が踏み込めない雰囲気がある。男女の関係ではない。優秀な捜査員同士の共感、あるいは連帯感だ。

本作品はそんなトカゲの2名だけでなく、前線本部や捜査本部でもそれぞれそこにいる人々の思惑が交錯し目に見えない駆け引きが繰り広げられる点が面白い。例えば前線本部、つまり本作品の誘拐事件では身代金を要求された銀行であるが、そこに詰める交渉のスペシャリストのたがみを含む警察職員と、事件は解決して欲しいが表には出せない多くの事情を抱える銀行の幹部社員たちのやりとり、そしてもちろん犯人とのやりとりも魅力である。
また、銀行を相手取った誘拐事件ということで、銀行が過去に行ってきた貸し渋りなどによって犠牲となった中小企業や、公的資金など世の中のあり方について考えさせられるような内容にも触れている。
久しぶりに今野敏作品を読むとやはりその読書を続けるのをさえぎられたくないというような物語の吸引力を感じる。
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「スクープ」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
テレビ報道局に勤める布施京一(ふせきょういち)は独自の取材で数々のスクープをものにする。
布施(ふせ)が真実を知るために、現場に潜入していく様子が繰り返し描かれる。時にはマリファナやコカインを楽しむ芸能人達と遊んだり、中国人との博打に勤しんだり。スクープが目的なのか、スリルを楽しみながら生きているうちにスクープが副産物として生まれるだけなのか…。
本作品から改めて伝わってくることだが、ただの殺人事件や芸能人の覚せい剤所持のような日常的事件ではスクープになりえない。多くの問題が未解決のまま、裏の世界で徐々にその触手を伸ばしていることに気付くだろう。大物政治家の癒着などはいまさら驚くようなことでもないが、マフィアと組んで援助交際をしながらコカインを売りさばく女子高生などはその1例である。
本作品の魅力は、布施(ふせ)と、刑事の黒田(くろだ)のやりとりにあるかもしれない。頻繁に情報交換をする2人は、一見互いに毛嫌いしていながらもお互いの心のそこにある「正義」を認めている。

「俺たちだって、若い頃は将来についての不安はあった。」
「そんなのとは質的に違いますね。将来の夢が持てないんですよ。どうしたって、世の中よくなりそうにない。大人は世の中に絶望している。その絶望を子供たちは敏感に感じ取るのかもしれませんね。」
「誰がこんな国にしちまったんだろうな。」
「俺たちでしょう。」

人間の中に、お金や性に対する欲望があるかぎり単純に取り締まることのできない多くのこと。そんな類の多くの問題に改めて目を向けさせてくれる作品であった。

LSD
非常に強烈な作用を有する半合成の幻覚剤である。(Wikipedia「LSD(薬物)」

アメリカ禁酒法
1920年から1933年までアメリカで実施された。(Wikipedia「アメリカ合衆国憲法修正第18条」

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「神南署安積班」今野敏

渋谷の街を管轄する神南署。刑事課強行班係の安積(あずみ)係長とその部下達の様子を描く。
なんといっても本作品の見所は、安積班の4人の個性豊かな刑事たちだろう。生真面目な村雨(むらさめ)、最年少の桜井(さくらい)、太って緩慢な動作しかできないにも関わらず鋭い洞察力を持つ須田(すだ)。そして、俊敏で緻密な黒木(くろき)。読み終わった後には安積班の4人の名前と特徴を覚えてしまっていることからもその個性の強さがわかるだろう。
そして当然のように、昨今の刑事物語では当然のように語られる、現場捜査員と上層部の幹部たちの間で起こる摩擦やそ子にはさまれる中間管理職たちの葛藤も描かれている。

警察に限らずどんな組織にも二つのタイプの人間がいる。上司に可愛がられるタイプと部下に慕われるタイプだ。それはなかなか両立しない。

8編の物語から構成され、いずれも安積班を扱っているがそれぞれ活躍する人物は微妙に異なる。刑事という職場にある強い信頼関係がなんとも爽快である。
【楽天ブックス】「神南署安積班」

「白夜街道」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
警視庁公安部の倉島(くらしま)警部補は、元KGB所属のロシア人ヴィクトルが日本に入国したという情報を得る。
物語は「曙光の街」の5年後という設定である。「曙光の街」のエピソードの中で、ヴィクトルの強さを肌で感じ、平和に見える日本の中でも、裏では命をかけたやりとりがあり、だからこそ公安という仕事の必要性を肌で感じた倉島(くらしま)が、5年を経て成長した姿を本作品で見ることができる。
本作品でも物語の視点は主に、ヴィクトルと倉島(くらしま)で展開していく。前作では、日本を舞台にした闘いや本当の強さにあこがれる男達の人間物語であったが、本作品の半分近くがロシアでの物語りとなっていて、僕ら日本人にはあまりなじみのないロシアの文化や、その周辺国の歴史を中心に進められているため、ロシア、中央アジアの歴史、文化などに興味をかきたてられる作品に仕上がっている。
ヴィクトルと倉島(くらしま)、お互い多くの人間と同じように、自分の良心に背かないように生きていこうとしながらも、その生まれ育った国や文化が異なるために異なる考え方をするその人生の差と、その2人が合間見えて何かを感じ合う展開がこのシリーズの魅力なのだろう。
そしてロシアと日本を比較することで、日本にある安全がかならずしも永遠に続くものではない、言い換えるならいつ終わってもおかしくない貴重なものであることを訴えてくる。

すべての人々は平和で安全な日常の中で暮らす権利がある。だが、その日常は実に危ういバランスの上に成り立っていることを、倉島はすでに知ってしまった。

ただ、前作を読んでない読者にはやや理解しにくいのかもしれない。


バラ革命
2003年にグルジアで起こった、エドゥアルド・シェワルナゼを大統領辞任に追い込んだ暴力を伴わない革命。(Wikipedia「バラ革命」
オレンジ革命
2004年ウクライナ大統領選挙の結果に対しての抗議運動と、それに関する政治運動などの一連の事件の事。(Wikipedia「オレンジ革命」
ペチカ
ロシアで普通のスタイルの暖炉を想定しつつその全般を指す。日本では、特にロシア式暖炉のことをいう。(Wikipedia「ペチカ」

【楽天ブックス】「白夜街道」

「イコン」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
有森恵美(ありもりめぐみ)というアイドルのイベントの最中に殺人事件が起きた。警察は事件の解決に動き出すが、肝心の有森恵美(ありもりめぐみ)というアイドルの実態を関係者の誰も知らないという不思議な事態に戸惑う。
本作品はインターネットが日常になる以前の1990年代中ごろを舞台としているため、キーとなるオンラインのやりとりはもちろん「インターネット」ではなく「パソコン通信」とである。そして、そのコミュニケーションはほんの一部の人間のみが楽しむものとして描かれている。
そして、有森恵美(ありもりめぐみ)というオンライン上から広まったアイドルの奇妙な存在を描くことで、アイドルという存在の変化、ファンにとってアイドルという存在の意味を考えさせられる。
物語の二つの主な視点である安積(あづみ)は事件を担当する所轄の刑事として捜査を行い、偶然第一の犯行に居合わせた少年課に勤める宇津木(うつぎ)は、旧友である安積(あづみ)の仕事に対する姿勢への嫉妬と、初めて触れる文化への興味から事件を調べ始める。
宇津木(うつぎ)は実在が確認できていないのにアイドルが多くのファンを抱えることに戸惑うが、自分が若かったころのアイドルもテレビを通じて顔が見れて声が聞けただけで、実際にあったことがあるわけではないのだと、思い至る。
そして真実に迫る過程で、新しい文化と向き合ったときの、とても柔軟とは言い切れない対応に走る警察組織の脆さも描かれている。容疑者としてネットアイドルの名前を挙げただけでその人物をタレント名鑑から探そうとした警視庁刑事の大下(おおした)の行動などはその典型と言えるだろう。

刑事たちはどんな怨恨の話を聞かされようが平気だ。だが、、非現実的な話にはそっぽを向いてしまう傾向がある。警察というのは、法律で縛られている世界だ。そして、法律というのは、きわめて現実的なものなのだ。

特異な事件を中心に、変化する若者文化を変化するメディアへと関連付けて描いている。80年代にベストテンやトップテンなどの番組に代表されるようなアイドルをもてはやした番組が90年代に入ってなくなり、アイドルがゴールデンタイムから姿を消す、そんな文化の変化を説得力のある形で説明しており、ただの刑事物語とは一線を画す作品に仕上がっている。
本作品は「時代が今野敏に追いついた」のキャッチコピーの帯とともに店頭にひだ積みされていた1冊。確かに本作品の内容は、初版発行の1998年よりも、インターネットが人々の生活に広まった今だからこそ理解される作品なのかもしれない。

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「曙光の街」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
お金もなくロシアの冬を過ごしていた元KGB諜報員ヴィクトルの元へ、昔の上司で今はロシアンマフィアとなったオギエンコが、日本のヤクザを一人殺してほしいという依頼をする。ヴィクトルは仕事のために日本へ渡り、また日本の公安もその情報をキャッチする。
物語中には3人の目線が用意されている。日本にやってきたヴィクトルと、日本の公安警察の倉島(くらしま)、そして、ターゲットとなるヤクザの下に就いている暴力団の兵藤(ひょうどう)である。
国のための諜報活動、プロ野球、3人はいずれも、かつては何かに本気で取り組んでいた男。それが時の流れとともに、惰性で生きるようになっていた。そんな彼らだが、ヴィクトルという男の生き方に触れることで、少しずつ「自分が求めていた何か」に気づいていく。
そしてその過程で日本とロシアが比較される。日本は不況と言えども飢えることなどない。不幸な生い立ちといえども生きていける。あらゆる面で日本という国で生きている人は甘えた考えを持っているということが繰り返し描写される。実際、ヴィクトルや、娼婦として日本に連れてこられたエレーナの生き方や過去は僕ら日本人の想像できる範囲をはるかに超えていて、逆にかっこよくすらある。
ヴィクトルも何度も日本の未来を嘆く。

平和な国だ。だが、自ら血を流して手に入れた平和ではない。生まれたときから与えられていた平和だ。そうした平和は人を腐らせる。危機感を失った国民。本当の危機がやってきたとき、対処する方法がなくてただ慌てふためくだけに違いない。

実際その通りなのだろう。この国は見栄さえ張らなければ何もしなくても生きていける国。そんな国に生きて危機感を常に持っているというほうが無理なのかもしれない。しかしそんなぬるま湯のような生活に浸っていても何か自分の内なるものを磨くような生き方は出来るはず。ヴィクトルと対峙した公安の倉島(くらしま)や暴力団の兵藤(ひょうどう)が見せた心の変化がそのためのヒントなのかもしれない。
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「隠蔽捜査」今野敏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
吉川英治文学新人賞受賞作品。
警察庁長官官房でマスコミ対策を担う竜崎伸也(りゅうざきしんや)と警視庁刑事部長の伊丹俊太郎(いたみしゅんたろう)という2人の警察官僚が1つの事件をきっかけに自らの立場や警察組織を守るために奔走する様子を描いている。
まず興味を引くのは、「出世がすべて」「東大以外は大学ではない」と考えている竜崎(りゅうざき)のほうが、警察内部の怠慢や汚職を許さず、逆に、私大卒で周囲から警察官僚の中でもっとも人間味の有る人と評価される伊丹の方が、警察内の不祥事をもみ消そうとする点である。
おそらく一般的には、警察官僚とか、警察の縦社会という考えに縛られた竜崎のような人間こそが、警察組織内の不祥事を助長し、伊丹のような警察官が正義を貫くと考えられているのだろう。にもかかわらず、そんな先入観を早々と砕く人物設定によって瞬く間に物語に引き込まれていった。
物語の目線となっている、竜崎(りゅうざき)の家族を顧みない考え方や、警察組織として人生を貫こうとする姿勢、その価値観は決して共感できるものではないが、一方で彼の感情に左右されない論理的なものの考え方は個人的にとても理解できる。そして、彼の考え方に触れるうちに、事件を解決することだけが警察組織の人間の役割ではないことがわかるだろう。

組織というのは、あらゆるレベルの思惑の集合体だ。下のものがいいかげんだったら、いくら上が立派な戦略を立てても伝わらないのだ。常にうまく部下を使う方法を考え、同時に、いかにして上司を動かすかを考えなければならない。

物語は最後まで、事件を大して大きく扱わない。あくまでも事件は警察組織の中の対立関係や駆け引きを描くための素材に過ぎない。警察を扱った物語は世の中に数え切れないほどあるが、これほど事件に焦点を当てないで最後まで展開する物語も珍しいだろう。
とはいえ、少年犯罪者の社会復帰を支援するような日本の少年法への疑問もしっかり投げかけている。私刑を許してしまったら法治国家ではなくなる、という警察組織に身をおくものとしての建前と、過去に凶悪犯罪をしながらも、今は普通に世の中で生活している彼らが許せないという気持ちも併せ持つ。私刑や復讐を扱った物語の中では必ずといっていいほど見られる葛藤であるが、それでも人によって意見の分かれる問題であるから面白い。私刑を扱った他の作品として思い浮かぶのは宮部みゆきの「クロスファイア」などがそうだろうか。
ページが残り少なくなるころには、序盤にあれほど忌み嫌った竜崎(りゅうざき)の生き方が好きになっているのだから、見事に著者の思惑にはまってしまったということなのだろう。


KGB
ソ連国家保安委員会の略称。1954年からソ連崩壊まで存在したソビエト社会主義共和国連邦の情報機関・秘密警察。
参考サイト
Wikipedia「警察庁長官狙撃事件」

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