「イリュージョン:マジシャン第2幕」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
マジックだけを唯一の趣味とする少年、椎橋彬(しいばしあきら)は15才のとき、世の中にも両親にも絶望したて家を飛び出すことになった。そして椎橋(しいばし)は生きるために年齢を偽り、唯一の趣味を生かして悪事に手を染めていく。
タイトルの通り「マジシャン」の続編である。「マジシャン」で天才マジック少女として登場した里見沙希(さとみさき)は椎橋を追う舛城(ますじょう)警部補の協力者として登場するが、残念ながら見せ場はあまり多くはない。この物語の中では、椎橋(しいばし)の社会や大人への嫌悪、次第に孤独を深めることに対する心の葛藤や、それを追跡する舛城(ますじょう)の同行に多くのページが割かれている。
椎橋(しいばし)は社会から認められないことの原因を、理解力のない大人のせいだと解釈することで自身を正当化する。

世の中は矛盾だらけだ。偽善がはびこり、資本主義が人々の心をくさらせていく。それなあら、反旗を翻す人間がひとりぐらいいてもいいだろう。

彼の家庭環境が、歪んだモノの見方を作り出したことが痛ましい。

やはり大人は裏切り者だ。情がある振りをして、歩み寄ってきて手を差し伸べるそぶりをしては、その手を払いのけて子供を沼のなかにたたきこむ。そして嘲笑う。

椎橋(しいばし)の世の中に対する敵意は、世の中で葛藤を繰り返しながら生きている多くの人に、多少なりとも共感できるものではないだろうか。そして、そんな人には舛城(ますじょう)が椎橋(しいばし)言う言葉が強く胸に響くに違いない。

「世間のルールもあれば、自分のルールもある。どちらに従うかは自分で決めろ。世間には受け入れられないことでも、それを承知で曲げたくなることもある。そのとき、自分のなかにある判断を仰ぐんだよ。自分にとってのルールでだ。それが正しいかどうか。自分の胸に聞くってことだ。

この物語は、椎橋(しいばし)と真っ正面から向き合う舛城(ますじょう)の行動を通じて、読者の生き方まで考えさせられる作品に仕上がっていると感じた。


FISM
FEDERATION INTERNATIONALE DES SOCIETIES MAGIQUES(マジック協会国際連合)の略称でFISM(フィズム)と呼ぶ。3年に1度ヨーロッパで行われ、参加国30ヶ国以上、世界中のマジシャンやマジックショップが参加する世界最大のマジックコンベンション。
エルムズレイカウント
マジックのテクニックの一つ。右手に持ったパケットを1枚ずつ4枚を数え取った様に見せる テクニックだが、実際は観客に特定の位置のカードを見せない方法。
検察官送致
死刑、懲役又は禁錮に当たる罪の事件について、家庭裁判所が刑事処分相当と判断した場合の措置で、送致を受けた検察官により刑事裁判手続に移行される。検察官から家庭裁判所に送致する場合と対比して、これを一般に「逆送」という。

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「時生」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
以前より東野圭吾作品の中で傑作の部類に入ると聞いていた作品。文庫化にあたって手に取ることにした。
宮本拓実(みやもとたくみ)と麗子(れいこ)の息子のトキオは数年前にグレゴリウス症候群を発症し、まもなく最期の瞬間を迎えようとしている。
グレゴリウス症候群とは遺伝病で、十代半ばに発症し、運動機能を徐々に失った後、意識障害を起こし、最終的に死に至るという病気である。トキオがグレゴリウス症候群を発症するであろうことは生まれる前から、予想されていたにもかかわらず、二人の意志で産むことを決意したのである。
そして、病院のベンチで二人は「本当に産んだことは正しかったのか」そんな葛藤をする。麗子(れいこ)は言う。

「あの子に訊いてみたかった。生まれてきてよおかったとおもったことがあるかどうか。幸せだったかどうか。あたしたちを恨んでいなかったかどうか。でももう無理ね。」

そんなとき、拓実(たくみ)は昔トキオに会ったことがあることを思いだし、麗子(れいこ)にその出来事を語り始める。物語は拓実(たくみ)の回想シーンを中心に進む。
20年前の世界で、拓実(たくみ)はトキオは浅草の花やしきで出会い、行動を共にする。
拓実(たくみ)とトキオが知り合ったホステスの竹美(たけみ)は、若くて未熟な拓実(たくみ)に言う。

苦労が顔に出たら惨めやからね。それに悲観しててもしょうがない。誰でも恵まれた家庭に生まれたいけど、自分では親を選べ変。配られたカードで精一杯勝負するしかないやろ

そしてトキオもまた拓実(たくみ)にいろいろなことを訴える。

「どんな短い人生でも、たとえほんの一瞬であっても、生きているという実感さえあれば未来はあるんだよ。明日だけが未来じゃないんだ」

物語のテーマを単純に受け取るなら、「生まれてきたことは幸福なはずだ」という解釈で間違いないと感じるのだが、それでは浅いように感じた。なぜならそれが多くの人間に共通するものとは決して思えないし、特に思春期という人格形成の初期にグレゴリウス症候群を発症したトキオがそんな前向きな考えを維持できたとはとても思えないのである。実在する人間の心はもっともっと複雑なように感じたのだ。
むしろ「記憶は事実に応じて塗り替えられる。」という別の解釈が僕の中に残った。つまり、過去にトキオと会ったという記憶は、拓実(たくみ)と麗子(れいこ)が心の葛藤から逃れるために無意識下で作り出したもので、現実に起きたことではない。というものである。そんな解釈は深読みしすぎだろうか。
どうやらグレゴリウス症候群も作者が作り出した架空の病気である。読みやすい文章と、スピード感のある物語で、読者を引き込む手法は相変わらずだが、実在の病気と絡めるなど、現実世界ともう少しリンクした物語で、面白さと同時に興味や好奇心を喚起してくれる作品を僕は求めていて、感動はするものの少し物足りなく感じた。ただ、「複雑なことを考えずに感動したい」という人には好まれる作品だと思った。
この作品と同様に遺伝病をテーマとした作品として、鈴木光司の「光射す海」が思い浮かぶ。こちらは実在の病気をしっかりと取り入れていて非常に完成度が高くオススメである。
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「千里眼 トランス・オブ・ウォー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
千里眼シリーズ。岬美由紀(みさきみゆき)が活躍する物語である。
混乱の続くイラクで日本人4名が人質に取られるという事件が発生。人質のPTSDを考慮した政府は元自衛官であり臨床心理士の美由紀(みゆき)を派遣することとなった。ところが、人質の救出のために行動した美由紀(みゆき)はイスラム教シーア派の部族アル=ベベイルと行動を共にすることになる。混乱の続くイラクの中で美由紀(みゆき)は戦争の無意味さを訴える。
この作品でも全作「test」と同様。美由紀(みゆき)の自衛隊訓練時代の回想シーンが含まれている。両親との突然の別れ。救難ヘリのパイロットになるための訓練の様子が描かれていて、美由紀(みゆき)の過去がまた少し明らかになる。
毎度のことながら美由紀の生き方、考え方には少なからず影響を受ける。

自分は冷静だっただろうか。だが、現在に至っても後悔の念は湧いてこない。運命などというものがあるとは信じたくないが、人生における選択の結果をそう呼ぶのだとすれば、あれはまさしく自分にとって運命づけられていたことだったのだろう。
ひとりだけ安全な場所に逃れて、ただ悲嘆に暮れてはるか遠くの戦場に同情を寄せる、それで平和に貢献した気分に浸る。そんな毎日は送りたくない。人にとって罪なのは、なによりも自分自身を欺くことだ。

残念ながら美由紀(みゆき)のような勇気と行動力を現在の僕は持ち合わせていないが自分自身を欺かない生き方は続けていきたいと思った。
そして美由紀(みゆき)が行動を共にするイラク人に語る言葉の中に日本人として誇るべき一端を見つけた。

「あなたたちが日本に学ぶべきは、終戦後の第二の戦争よ。焼け野原になった国土に放り出された人々が、復興に全力で取りかかり、半世紀後には世界で最も豊かな国のひとつになり得た。戦いはいつの時代にもある。でも戦う相手を間違っていれば、国を滅ぼす。真の戦いは、いつも自分たちのなかにある」

物語の中で、美由紀(みゆき)はタイトルでもある「トランス・オブ・ウォー」について、常に理性を保つことが大切だと訴え、それが戦場で殺戮を繰り返さないための第一歩と説くき続ける。しかし、それが普通の人間ならば不可能に近いことも同時に教えてくれるのだ。
感情的にならずに理性を保つ。常に僕自身こころがけているつもりだがどんな状況においてもそれを保てるかと尋ねられれば全く自信がない。日々意識するしかないのだろう。
この物語はフィクションであるが、イラク国内だけでなくアメリカという国、そしてブッシュ大統領という人間についても作者の考えが強く主張されている。きっと、部分部分は真実なのだろう。曲げられる報道、アメリカよりの物の見方をせざるをえない日本という国に生きて、一人一人が溢れた情報の中から真実を見つける努力をしなければならないということだ。
ちなみに、この作品によって松岡圭祐の他の作品である「test」と世界が繋がることとなる。今後の松岡ワールドの広がりにも大いに興味を喚起させる作品である。


ナジャフ
バグダッドの南約160km、ユーフラテス川西岸に位置し、シーア派の最大分派である12イマーム派の聖地とされている。同時に宗教を越えた様々な学問の中心地としての発展ももたらした。そこは、イラクにおける民族主義や世俗主義に関わる多くの思想や政治運動の発祥地でもある。ナジャフを、「シーア派」という観点からのみ捉えることは決して現実的ではない。今後のイラク全体の政治的な主張や運動に、ナジャフが果たす役割はより広く大きなものとなる可能性も存在する。
カーバ神殿
サウジアラビアのイスラム教の聖地メッカにある大モスク(イスラム教の寺院)の中央にあり、石造で高さ15メートルの立方体の建物である。コーランの言葉を刺繍した黒い布で覆われている。東隅の壁の下に神聖視された黒石がはめ込まれている。イスラム暦の12月には世界中から多くの巡礼者が集まる。
クルド人
トルコとイラク、イラン、シリアの国境地帯に跨って住む中東の先住民族で、人口は約3000万人と言われている。 19世紀から自治や独立を求める闘争を続けており、現在でもトルコやイラク、イランで様々な政治組織が独立や自治を求める戦いを続けている。

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「ヘーメラーの千里眼」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★★ 5/5
千里眼シリーズ。岬美由紀(みさきみゆき)のストーリー。今回は美由紀(みゆき)の航空自衛隊時代の先輩であり恋人でもあった伊吹直哉(いぶきなおや)一等空尉が訓練中に誤って基地内に進入して標的の中に隠れていた少年、篠海悠平(しのみゆうへい)を誤射してしまったことから始る。

前作「千里眼の死角」で若干ストーリーの設定的に行き過ぎた感があったため、このシリーズをしばらく手に取ることを憚(はばか)られていたが、結局番外編を除いた千里眼シリーズをすべて順番どおりに読破していることとなる。

そんなシリーズの中で、この作品は少し趣が異なり、美由紀(みゆき)の臨床心理士としての活躍よりも二等空尉としての活躍の方が多く、また過去の美由紀の自衛隊時代の話にも触れている点が非常に新鮮である。また伊吹直哉(いぶきなおや)にも同様に深い心理描写があり、2人の主役がいるようなシリーズの中では珍しい設定となっている。

事件の内容を確認する会議の中で伊吹(いぶき)が発する言葉に戦争の矛盾を感じる。

「いつかは人を殺す運命だったんです。それが仕事ですから。過失は、殺した子が日本人だったという点のみです。」

また太平洋戦争中のミッドウェイ海戦で国民に嘘の情報を伝えた国家の隠蔽体質にも触れるなど、今回の物語はシリーズの中でももっとも多くのテーマに盛り込んでいるように感じた。悠平(ゆうへい)の祖父の峯尾(みねお)はこんなふうに昔のことを語った

「きみらの想像では、当時の私らはみんな暗い顔で、虐げられたわが身の不幸を嘆きながら飢えに耐えていたと信じてるかもしれないが、そんなことはない。みんな生き生きしていたし、活力もあったし、正しいと信じてた。だから玉音放送は悔しかったし、悲しかった。」

僕らは物心つく前の時代を教科書でしか知らない。そして教科書に載っている文字から当時を想像し、それを現実として受け止めてきたのだ。時代の流れの中で仕方がないにしても、可能な限り言葉で語り継ぐべきものなのかもしれない。

物語中、僕から見ると完璧としか見えない美由紀(みゆき)が多く葛藤を繰り返すシーンもまた考えさせられる。

 
結局、自己嫌悪にしか陥るしかない自分に気づいた。なにもかも人を嫌うことばかり結びつけて、いったい自分は何様のつもりだろう。もう少し謙虚さを抱けないものだろうか

結局人はいつになっても満足することはできないのだろうか。
物語終盤では自衛隊という組織の中で国を守るという自衛隊員の強い連帯感を感じる。そんな中、迷いのある隊員に向かって美由紀は叫んだ。

人の価値は定まってなどいない。未来が自分の価値を決めるんだ」

そして出撃前にこうも叫んだ。

「かつて、いちどたりとも侵略に屈せず、支配に没せず、途絶えることのなきわが民族、わが文化。四季折々の美しき母国。栄えある歴史も過ちも、すべてわれらのなかにあり。日本国の名を背負い、命を懸けて守り抜く」

僕らは国民の誇りなどすっかり忘れていないだろうか?

そして、そんな忘れ去られたものが「自衛隊」という、普段は近づきがたいフェンスの向こうに、日本の中に確かに残っているのだ。さらに、任務を遂行することでいつまでも青春に浸っていられる彼らをうらやましくも感じた。きっとそれは厳しい訓練を乗り越えたものだけが味わえるものなのだろう。もしまだチャンスがあるならそんな気持ちを味わってみたいものだ。そう思わせてくれる作品であった。数ある千里眼シリーズの中でも特にオススメの作品である。

ストローク(心理学用語)
人間同士が交流する時の、相手に対する投げかけのことをいう。
この投げかけとは、言葉をかけることだけでなく、握手したり、抱きしめたりするスキンシップもそうだし、微笑みかけたり、頷いたりするような視線のやりとり、動作等も含まれます。気持ちの良いストロークが得られないと、逆にマイナスのストロークであっても与えてもらいたいという行動や言動を取るという。

F15
実戦配備されている戦闘機では最強といわれている戦闘機、非常に高価なため、アメリカ以外には日本、イスラエル、サウジアラビアしか保有していない。

ブルーインパルス
航空自衛隊松島基地第4航空団に所属するアクロバットチーム「第11飛行隊」の通称。

フライトアテンダント
最近まで「スチュワーデス」(男性の場合には「スチュワード」「パーサー」など)と呼ばれていたが、1980年代以降、欧米における「ポリティカル・コレクトネス」(この場合は性表現のない単語への言い換え)の浸透により、性別を問わないフライトアテンダントという単語に言い換えられた。

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「グレイヴディッガー」高野和明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
映画化された「13階段」の原作者である高野和明の新作と知って手に取った。
内容は、小さな悪事を積み重ねてきた八神(やがみ)がそんな自分に嫌気が差して、骨髄ドナーとなって他人の命を救おうとする。しかしいざ、骨髄移植を目前にして大量猟奇殺人事件が発生するというもの。
骨髄移植の提供者は2つの命に責任があるということを知った。つまりドナー登録まではいいとしても、移植を了承した瞬間に他の人の命の責任もあるということだ。また、物語の中の大量猟奇殺人事件がキリスト教の魔女狩り(※1)を模倣しており、その残酷さが、誤った道へ進んだ世の中の怖さと人間の奥にある残虐性を教えてくれる。過去の人間が犯した大きな過ちの一つに「魔女狩り」という事実があったといことは忘れてはならないということだ。
そして物語は今まで知らなかった警察組織についても触れている。

警視庁内には二つの指揮系統が存在する。警視総監が掌握する刑事警察と、警察庁警備局長を頂点とする警備・公安警察である。

骨髄移植のために八神が病院に来るのを待つ医師が八神と電話で話す言葉も印象的だった。

「悪そうな顔の人ってね、良心の葛藤があるから悪そうな顔になるのよ。良心のかけらもない本物の悪人は、普通の顔をしてるわ」

さらに物語の中で現在の世の中に対しても軽く疑問を投げかける。

「民主主義だって完全じゃない。多数決の原理っていうのは、四十九人の不幸の上に五十一人の幸福を築き上げるシステムなのさ」

僕のなかにいろいろな興味を喚起させてはくれたものの、ストーリー性には若干の物足りなさを覚えた。犯人の動機の弱さや、登場人物の中に尊敬できる人物もしくは応援したくなる人物がいないせいだろう。そもそもそれぞれの人物の描写が薄い感じがした。

※1 魔女狩り
キリスト教国家で中世から近世に行われた宗教に名を借りた魔女とされた人間に対する差別と火刑などによる虐殺のこと。犠牲者は200万人とも300万人とも言われている。
魔女狩りが猛威をふるったのは、16〜17世紀。これは宗教改革とほぼ重なり、カトリックとプロテスタントの対立が激化した時期であった魔女狩りの犠牲となったのは、一人暮らしの貧しい老婆が多かった。つまり、人々が不安にかられる中、弱者が「社会の敵」として犠牲になったと考えられる。

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「封印再度」森博嗣

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
犀川&萌絵シリーズの第五作。50年前、日本画家、香山風采(かやまふうさい)は息子の香山林水(かやまりんすい)に「無我の匣(はこ)」という鍵のかかった箱と、その箱を開けるための鍵が入っているとされる壺である「天地の瓢(こひょう)」を託して謎の死を遂げた。そんな不思議な話を聞きつけた西野園萌絵は例によって香山家へ訪れるが、そんな折、林水(りんすい)がまたしても謎の死を遂げる。そんな流れである。
壺の入り口より大きな鍵が入っているという不思議な物の存在だけですぐにでもストーリーの謎に引き込まれてしまう。毎度のことながら犀川創平(さいかわそうへい)のドライなものの考え方は非常に共感できる。そして、僕らの日々の生活の中では、おかしなことでも慣れていくうちにそれが常識になっていることが意外に多く存在することに気づかされた。

「親父がそういった。お前、電池がなくなったんだ、ってね。それで、すぐ中を開けて、見てみたんだ。そうしたら・・・電池はやっぱりちゃんとあるんだ、これが・・・」

そしてこの物語にあって他のこのシリーズにないのは、西野園萌絵(にしのそのもえ)が取り乱すシーンである。普段は知性的で猫舌以外につけいるすきのなさそうな彼女が犀川の前で取り乱す人間臭さがたまらなく可愛い。

「私だってよく人を待たせることありますけどね、でも、この私を待たせるなんて人は、先生だけなんですから・・・。ああっと、だめだめ、何言ってるのかしら・・・」

さらに今回は犀川と萌絵の仲も少し進展があってそれもまたうれしいことだ。

法隆寺金堂壁画
1949年、模写作業をしていた画家が消し忘れた電気座布団が原因で焼失したと言われている。

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「冷たい密室と博士たち」森博嗣

オススメ度 ★★★☆☆
犀川&萌絵シリーズの第二弾。どうやら僕は犀川創平(さいかわそうへい)と西野園萌絵(にしのそのもえ)のやり取りの虜になってしまったようだ。今回の事件は犀川と萌絵の目の前で起こった。低温度実験室の実験の見学に訪れた二人の前で2人の大学院生が死体となって発見されたのである。
今回の事件は理系ミステリ。いつでも物事を論理的に考えることを教えてくれる。僕らは世の中のいろんなものに目を奪われて本質を見ることを忘れている。犀川と萌絵の思考回路、そしてその言葉のやりとりは僕にそう思わせてくれるのである。
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「詩的私的ジャック」森博嗣

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
大学施設で女子大生が連続して殺害された。現場はいずれも密室状態で、死体にはアルファベットと見られる傷が残されていた。捜査線上に浮かんだのはロック歌手の結城稔(ゆうきみのる)であった。
このシリーズの魅力はなんといっても犀川創平(さいかわそうへい)と西野園萌絵(にしのそのもえ)という2人の常識をはずれた思考能力の持ち主が交わす会話である。その会話は僕自身にいろいろなものを気付かせる。今回も犀川(さいかわ)は言っていた。

みんな、不思議を見逃しているだけだよ。ブーメランがどうして戻ってくるのか、ヘリコプターがどうして前進するのか、工学部の学生だって誰も知らない。

好奇心は目の前を通り過ぎる物事の多さの前で忘れ去られ、不思議は常に存在することで不思議ではなくなる。そしてみんな、深く考えずに事実を受け止めることに慣れていくのだと思った。
今回も萌絵(もえ)の特殊な立場によって2人は捜査の中に介入していき、そして謎が解ける。人を殺さなければならない理由。人に惚れる理由。病的なまでの思い込みが良心を凌駕し、凶悪な事件を起こすさまを見せ付けられる。

あの人は、汚れたものが嫌いなんだ。純粋で、学問が好きで、高尚で、完璧な人だ。傷があったら、腕ごと切り落とすような人なんだ。

僕はこの言葉に共感した。きっと狂気は誰の中にもあるということだ。
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「ダイスをころがせ」真保裕一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
駒井健一郎(こまいけんいちろう)34歳は職を失い、ハローワークで職を探していた。そんな折、高校時代の友人、天知達彦(あまちたつひこ)と出会った。達彦(たつひこ)は次の衆議院選挙に立候補するから手伝ってほしいと告げる。度重なる説得の末、健一郎は第二の人生を選挙戦へと注ぎ込むこととなる。
真保裕一は好きな作家とはいえ、堅苦しい政治の話だと思って、この本を手に取るまで時間がかかった。なぜなら、僕にとっては自民党にも民主党にも大した違いは見えないし、今の政治に満足しているわけでは決してないが、興味を注いで動向を見つめるほどでもないからだ。そんな僕には達彦(たつひこ)が健一郎(けんいちろう)を説得するために語った言葉は耳が痛い言葉ばかりだ。

この国がどうなったって、自分の暮らしさえ今と変わらなきゃいい。そんなことしか考えられない身勝手な連中に、今の政治家を笑う資格があるか

「投票に行け」とか、「政治を駄目にしているのは国民だ」などと頭ごなしに言われればつい反論したくなるが、この本を読み進めていくうちに「国民の政治への無関心さ」を良くないことだと素直に受け入れざるを得なくなる。
また、今まで見えなかった選挙というものの裏側がリアルに伝わってくるとともに。政治を腐敗させる原因が選挙制度の中にもあるということを教えてくれる。

政治家は、落選してしまえば、即収入の道を絶たれて仕事を失う。落選すればただの人、という恐怖心が、過剰な広報活動の出費を引き出していくのだ

しかし、達彦(たつひこ)はこう語る

政治っていうのは解決のために道を探るのではなく、道を示すものだ

達彦(たつひこ)が語った政治論は「理想」であり「現実」とは程遠い考え方なのかもしれない。そして理想だけでは政治家であり続けることができず、政治家でなくなればなにも実現できない。そんな葛藤が現実にはあるのだろう。しかし政治家には「理想」と「絶対に譲れない線」は持ち続けて欲しいと思った。
そして達彦(たつひこ)はこうも語る。

俺は思うんだよ。選挙は政治家の姿勢が試される時なんかじゃない。有権者である国民の姿勢が試される時なんだって、な

本当に耳が痛い・・
なにより僕を刺激してくれたのは健一郎とその仲間たちの仲間を支えようという想いである。情熱を注ぐものさえ見つければ、何歳になっても熱い感動を味わうことができるということだ。眠る時間も惜しんで情熱を注げるもの。そんなものをまた見つけたくなった。
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「玉蘭」桐野夏生

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「新しい世界で何かを始めたい。新しく生まれ変わりたい」。そう決心して広野有子(ひろのゆうこ)は上海へ留学した。しかしそれでもそこで有子(ゆうこ)を待っていたのは日本の社会を凝縮したような留学生たちの姿である。そんなとき、有子(ゆうこ)の大伯父で、70年前に上海で失踪した質(ただし)の幽霊が現れる。それを機に有子(ゆうこ)は質(ただし)の遺した日記「トラブル」を紐解く。広野質(ひろのただし)の生きた70年前の上海、そして今、有子(ゆうこ)が生きる上海が、夢と現実の中で重なってくる。
物語のテーマはむしろ前半に濃密に描かれているように感じる。男性と違って、女性は地方出身者は大きなハンデを背負うことになる。と有子は分かれた恋人の行生(ゆきお)に宛てた手紙で訴える。

東京で生まれ、就職する女たち。化粧がうまくセンスもいい、私たち地方出身者は安いアパートに住み、貧乏な暮らしにも耐えなければならない。仕事なら負けないと自身はあったのに、彼女たちは私なんかよりはるかに優秀で、しかもリスクがないから物怖じしない。怖じないから、どんどん冒険して伸びていく。こうした不公平さに怒りを覚える。

つい僕の周囲の女性たちのことを考えてみた。残念ながらみんな親元でリスクもなく生活しながら、それなのに冒険らしきものをしていない人ばかりだ。そんな女性が、有子(ゆうこ)のような女性にとってはもっとも許せないのかもしれない。
一方、物語の後半はというと、恋人だろうと家族だろうと、人を理解することがどれだけ難しいかをを訴えてくる。
全体的には作者が読者に訴えたいことが物語の最初と最後で少しずれてきているように感じた。訴えたいことが複数あり、にもかかわらずそのうちどれにも焦点が合っていないという印象を受けた。
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「顔 FACE」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆
2003年4月にフジテレビ系で放送されていたドラマ「顔」の原作である。当時、ドラマを途中まで見ていたのだが、仕事が忙しくなって終盤は見ることが出来なかった。結末を知りたかったのと、心の描写を合わせて読みたかったのでこの本を手に取った。ちなみにドラマの中では主人公である平野瑞穂(ひらのみずほ)役を仲間由紀恵(なかまゆきえ)が演じていた。ドラマで共演していたオダギリジョーの西島耕輔(にしじまこうすけ)という役は残念ながら原作には登場していなかった。
物語は警察という縦社会、かつ男性社会の中で、犯人の似顔絵描くことを仕事のひとつとしている平野瑞穂(ひらのみずほ)を描く。女だからといって男性から差別されることに対する嫌悪と、女であるがゆえに男にはない「やさしさ」や「甘え」がときおり現れる。そんな瑞穂(みずほ)の人間くささがこの物語を面白くさせるのだろう。
いくつか心に深く残ったシーンを挙げてみる。
沖縄出身の新聞記者の大城冬実(おおしろふゆみ)が瑞穂(みずほ)に語るシーン。

「いないのよ。基地があった方がいいなんて、本気で思ってる人が沖縄にいるはずないでしょう。ウチの父だって──自分は死ぬまでここで基地と生きていくしかない。でも、お前は冬のある平凡な土地で生きていけ。そう言いたくて『冬美』って名前を付けたんだと思う。・・こんな話わからないよね。本土の人には」

僕は何も知らずに生きているのだと思った。
瑞穂(みずほ)と同僚の三浦真奈美(みうらまなみ)が瑞穂に語るシーン

「だって、人間ってそうじゃないですか。頑張ってる人を見て勇気をもらうとか言うけど、そんなの嘘で、ホントは頑張ってない人とか、頑張りたいのに頑張れない人とか見て、ああ、よかったって安心したり、ざまあみろって思ったり、そういうの励みに生きてるじゃないですか」

言葉にする人は少ないが、誰の心の中にもそういう部分はある、と思った。
そのほかにも瑞穂(みずほ)の絵を描くことに対する姿勢や、人を見る目は大いに刺激を与えてくれた。
物語の中では「男性社会」が根強く残っている警察を取り上げているが、一般の社会でも警察ほどではないにしろ「男性社会」は残っている。
この問題は当分解決しないのだろう。少なくともこの問題が解決するまでは男性が女性を守ってやるべきなのかな。(解決しても?)
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「鎖」乃南アサ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第115回直木賞受賞作品の「凍える牙」で活躍した音道貴子(おとみちたかこ)刑事が登場すると知って、この本を手に取った。
占い師夫婦とその信者2名の計4人が殺害された事件に関わったことによって、音道貴子(おとみちたかこ)自らも大きな犯罪に巻き込まれていく。
物語の冒頭で貴子(たかこ)が同僚の男を見て感じる言葉が印象的だ。

男という生き物は、いったいいつから少年でなくなるのだろう。少年どころか、青年の面影すら残さずに中年になっている男は、いつからすべてを捨てているのだろうか。

前半は貴子(たかこ)の過酷さの中でもポジティブに物を考える姿勢が好意的に移る。そして、後半は自分だけは助かりたいという弱い心と人を助けようという使命感。その二つを行き来する貴子の心の描写がに引き込まれる。
また、犯罪に走った犯人たちの心にも共感できる部分があり、それもまたこの物語を引き立ててくれて、単純な犯罪小説には終わらせない。特に、自身の不幸から犯罪に加担せざるを得なかった中田加恵子(なかたかえこ)の人生は、「同情」などという表現で片付くはずもない。そして、今の世の中、彼女のような人間が現実に存在しても決しておかしくないということを訴えかける。
貴子の友人がぼやく言葉が心に残る。

この世の中っていうのはただ息してくらしてるっていうだけで、金がかかるように出来ているのよ。やれ税金だ、保険料だ、年金に、受信料だなんたって。

松岡圭輔の書く岬美由紀(みさきみゆき)、内田康夫の書く(浅見光彦)。彼らと同じくらい音道貴子(おとみちたかこ)は芯のしっかり通った人間で、彼女の存在はこの「鎖」によって僕の中で一段と大きくなった。彼らが架空の人物だということは知っていてもである。
乃南アサにはもっと音道貴子(おとみちたかこ)シリーズを書いてほしい、そしてその後の彼女を知りたいと思った。

Nシステム
警察によって路上に設置された監視カメラ。正式名称は「赤外線自動車ナンバー自動読取装置」と言う。その数は、全国の公道上に600個所以上設置されており、類似したシステムである「オービス」が違反車両だけを撮影するのに対し、Nシステムは、通過した全車両、全ドライバーの移動を記録している。
参考サイト:http://www.npkai-ngo.com/N-Killer/01whats-nsys.html
ストックホルムシンドローム(ストックホルム症候群)
被害者が犯人に、必要以上の同情や連帯感、好意などをもってしまうこと。
1973年にストックホルムの銀行を強盗が襲い、1週間後事件が解決した後、人質の1人であった女性が、犯人グループの一人と結婚してしまったことから由来する。
参考サイト:http//www.angelfire.com/in/ptsdinfo/crime/crm3gsto.html
武蔵村山市
埼玉県との県境にある新興住宅地。鉄道も幹線道路も通っておらず、桐野夏生の「OUT」でも舞台になっている。

【Amazon.co.jp】「鎖(上)」「鎖(下)

「刹那に似てせつなく」唯川恵

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
人を殺して警察に追われる身となった並木響子(なみききょうこ)42才と、暴力団に追われる道田(みちだ)ユミ19才の二人は偶然の出会いから一緒に逃亡をすることになった。とそんな唯川恵らしくないストーリーが展開していく。
非日常的な2人の行動が普段の生活では感じない多くのことを考えさせてくれる。特に、ユミのひねくれながらも本質を見極めた物事の感じ方が印象的である。

言っておくけど、この国のやつらはみんな貧乏だよ。モノがいっぱいあるってことは何もないことと同じなの。シャネルもグッチもプラダもあるのに、そこら辺で売っている安物の財布を持てる?

また、登場人物の一人である弁護士の皆川久美子(みながわくみこ)が響子(きょうこ)に向けて言う言葉も心に残る

このまま引き下がってはますますそういう男をのさばらすばかりです。弁護士らしくない発言だと言われてしまいそうですが、判決だけが目的ではない戦いがあってもいいのではないかと思っています。

最後の「解説」のページで書評家が、「この本は『買い』だ」と書いている。激しく同意する。特に古本屋で250円で買った僕にとっては。250円では十分すぎるくらい僕の心に変化を与えてくれた。


蛇頭(じゃとう)
中国から日本や米国等の外国への密入国をビジネスとして行う密航請負組織のこと。欧米では「スネークヘッド」と呼ばれる。
じゃぱゆきさん
歌手・ダンサー等の資格を持って日本に入国し、実際にはクラブ・パブ等でホステスとして働いた(働かされた)経験を持つフィリピーナのこと
からゆきさん
明治、大正、昭和のはじめに貧しさのために東南アジアの娼館に売られていった女性たちのこと

【Amazon.co.jp】「刹那に似てせつなく」

「海辺のカフカ」村上春樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
村上春樹の作品を読むのは「スプートニクの恋人」に続いて2作品目である。
主人公のカフカ少年はそれまでの自分の生き方に疑問を持ち家出をする、そして運命に導かれたかのように四国の図書館に辿り着く。とそんなストーリーである。
感想はというと、正直わからない。この本が世界中の多くの人から支持を受けていることももちろん知っている。それでも僕にはわからない。
現実と非現実の境界線、意識下と無意識下の境界線が曖昧すぎて、謎が謎のまま残される。もちろん意図的に謎を残して、真実は読者自身の考えに委ねているのだろうが、明確な意図をもってその謎を残しているのか疑問が残る。また、登場人物がみんな個性が薄いことも気になる。「個性が薄い」という言い方は少し違うかもしれない。個性はあるのだが現実感が乏しいのである。大島さんも佐伯さんも、カフカ少年も、ホシノさんも、ナカタさんもあまりにも非現実なキャラクターなため誰一人として感情移入できないのだ。
作者自身、ホシノさんも、ナカタさんなどのキャラクターについて、こんなキャラがいたら読者はいろいろ考えるだろう。読者にたくさんのことを考えさせることを目的に書かれたような作品のように思う。そして、僕はいろいろ考えさせられ、そして答えが出ないことに悩むのである「指はなぜ6本ある?」そう聞かれたら誰もが困るように、やはり僕もこの本を読み終わって困るのであった。おそらくすべてに説明、理論を求める僕自身に問題があるのだろう。僕がこの本をもう一度開きたくなったときには僕自身少し違った人間になっていることだろう・・
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「悪意」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
楽な本を読みたい時に僕は東野圭吾の本を手に取る。今回もそうである。
物語は野々口修(ののぐちおさむ)と日高邦彦(ひだかくにひこ)という二人の作家の間に起きた殺人事件に対して、刑事の加賀恭一郎(かがきょういちろう)が少しづつ解明して行くという展開で進む。
作家を登場人物としているため、東野圭吾本人の実体験と思われるシーンが何度か物語中に含まれていて新鮮さを感じる。そして東野圭吾「らしさ」があらゆるところにちりばめられている。そもそも僕はこの本を単純な推理小説だと思って手にとったのだ。読み終わったら一息ついて、次の本を読みはじめられると思っていた。でもこの本は僕の目の前に突き付けて来た。今まで見えていて見ないようにしていた現実。裏表のない「善意」に対して、強烈な「悪意」が芽生えることも時にはあるということを。
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「血と骨」梁石日

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第11回山本周五郎賞受賞作品。
昭和初期から中期にかけて、在日朝鮮人である金俊平という蒲鉾職人の生き方を描く。
金俊平のように自分以外の人を信じないという生き方は戦時中の騒乱の時代の中では多かったのかもしれない。ストーリーのおもしろさという面ではあまり薦めないが、昭和の歴史を当時の雰囲気を味わいたい方は読んでみるのもいいかもしれない。
お金がなければ見向きもされない。女は体を売っていきるしかない。病気になれば「早く死んでほしい」と思われる。僕の生まれるほんの20数年前までの昭和という時代はそんな時代だったのだ。
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「スプートニクの恋人」村上春樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
食わず嫌いで、遅ればせながらようやく村上春樹デビューとなった。
主人公の「僕」が恋する女性のすみれは、年上の女性ミュウと恋に落ちることになった。ミュウは自分のことを「14年前のある出来事から自分を失った」と言う女性。「僕」とすみれとミュウという少し普通の人と違った3人が不思議に絡み合う。
3人それぞれに少しずつ理解できる部分がある。この物語の中では少し「変わった人」感を大きく表現されているが、彼等のような人は実際には世の中にたくさんいるのかもしれない。3人の中で僕は特にミュウの生き方、考え方に共感を覚える。そんなシーンを描いた箇所をいくつか挙げてみる。
「ぼく」がミュウと出会った時の印象。

ぼくがミュウにについていちばん好意を持ったのは彼女が自分の年齢を隠そうとしていないところだった。すみれの話によれば彼女は38か39だったはずだ。そして実際に38か39に見えた。ミュウは年齢が自然に浮かび上がらせるものをそのとおり受け入れ、そこに自分をうまく同化させているように見えた。

ミュウが過去を語ったときの一言

自分が強いことに慣れすぎていて、弱い人々について理解しようとしなかった。幸運であることに慣れすぎていて、たまたま幸運じゃない人たちについて理解しようとしなかった。いろんなことがうまくいかなくて困ったり、たちすくんでいたりする人たちを見ると、それは本人の努力が足りないだけだと考えた。不平をよく口にする人たちを、基本的には怠けものだと考えた。

登場する3人のような、普通の人とは違う考え方を持った人間は、自分を理解してもらえる人に出会えるか否かが非常に重要であるということを物語の中で訴えてくる。そしてその裏で、現実の世界」と、「気持ちや本能が求める世界」との接点のようなものをテーマにしているように感じる。
作者の言いたいことがなんとなく伝わっては来るが、正直僕には難しすぎる。10人が読んだら10通りの解釈の仕方があるようだ。全体的に「結局どうなの?」という疑問が残り、「後味が悪い」とまでは言わないが、不思議な余韻を残してくれた。
【Amazon.co.jp】「スプートニクの恋人」

「流星ワゴン」重松清

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
永田カズオ38才、妻ともうまくいかず、受験の失敗によって荒れた息子の家庭内暴力が日に日に増す中、ふと考えた。

死んじゃってもいいかなあ、もう

そこに一台のワゴンがやってきて、窓から顔を出した男の子が言った。「早く乗ってよ。ずっと待ってたんだから。」そして、そのワゴンはカズオを不思議な世界に連れて行った。
子供の頃、父親は大きく、そして言うことは常に正しい。そんな存在だった。もちろん怒られたこともある。今思うと時々理不尽な怒られ方をしていたようにも思う。それでも、あの頃の僕には度胸も気持ちを表現する言葉も足りなくて、自分の思いをぶつけることができなかったが、たくさんの言葉を身に付けた今ではいろいろ言い返せるかも知れない。もう一度あの瞬間に戻って自分の気持ちをぶつけてやりたい。そんな考えを持ったことがある人って意外と多いのではないだろうか。でもそれは決して実現することはない。
この本の中ではそんな実現することのない状況を見せてくれる。ワゴンでいろんな場所に連れて行ってもらったカズオは自分と同じ38歳の父親と会う。彼はそこでいろんな思いをぶつける。息子の素直な思いをぶつけられて戸惑う父親。そして、父親になって息子との接し方に戸惑っているカズオ。そんな二つの親子の関係を対比して子供の思いや父親の思いを伝えてくる。これから父親になるひとや子育てに悩む人にはなにか手がかりになるのかもしれない。
【Amazon.co.jp】「流星ワゴン」

「オルファクトグラム」井上夢人

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の稔(みのる)は姉の家を訪問した際に姉の知佳子(ちかこ)は殺され、稔(みのる)に頭をバットで殴られ、1ヶ月の意識不明の状態に陥った。奇跡的に意識を取り戻すと、常人の数億倍の嗅覚を身に付けていた。稔(みのる)はその嗅覚を利用して知佳子を殺した犯人を見つけようとする。
犯人探しというよくある物語の中に嗅覚という不思議な題材を絡めてあり、そのことで人間の五感について考えさせてくる。
人は視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚という五感を備えながら、人の世界の大部分は視覚によって構成されている。例えば、嗅覚を失っても人は日常生活を普通にすることができるが、視覚を失ったとたんに1人では生活できなくなる。人の五感の利用率の中は、視覚だけで8割を占めているのである。僕ら人間にとってはそれが当然でも、生き物全体から見ればここまで視覚を重視している生き物は特殊である。例えば犬などはモノクロの視覚しか備えていないにもかかわらず人間の何倍もの嗅覚を備えているためそれを補うことができる。犬の五感の利用率は嗅覚が4割、聴覚3割、視覚2割と言われている。そのことで、犬は飼い主の機嫌の良し悪しも匂いから判断することができるのだ。また蟻などの昆虫も匂いを有効なコミュニケーションの手段として利用している。僕ら人間は視覚という一つの能力を重視して嗅覚を放棄してきたた。それによって不便なこともあるはずだ。例えば相手の気分など、嗅覚を利用すればわかりやすいことに対して、視覚しか手段のない人間は相手の顔の表情から読み取るという非常に非効率的な方法をとるのである。
最初はその奇抜な発想だけに頼った物語のような感じがしたが、読み進めて行くウチにそのテーマに引き込まれていった。
【Amazon.co.jp】「オルファクトグラム(上)」「オルファクトグラム(下)」

「魔術はささやく」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本推理サスペンス大賞受賞作品。宮部みゆきの名作である。もう5年も前に一度読んだのだが、なぜかもう一度読み直してみたくなった。
主人公の守(まもる)は父親は横領の罪をかぶったまま失踪し、母親が早くに亡くなったことで、母親の姉の家庭で育てられた。そんな中、彼の周囲には妙な事件がおき始めた。3人の女性が立て続けに死亡したのである。そんななぞめいた事件の一つにかかわったことから守の周囲は動き始める。
周囲の目や障害にも負けない守(まもる)の強さや正義感に共感を覚える。そして読み進めていくうちに守の強さは周囲の人に支えられて形成されたものであることも伝わってくる。
守ると親しい近所のおじいちゃんは守(まもる)にこう言った。

「おまえのおやじさんは悪い人ではなかった。ただ、弱かったんだ。悲しいくらいに弱かった。その弱さは誰の中にもある、おまえの中にもある。そしておまえがその自分の中にあるその弱さに気がついたとき、ああ、親父と同じだとおもうだろう。ひょっとしたら親が親なんだから仕方がないと思うこともあるかもしれない。じいちゃんが怖いのはそれだ」

守(まもる)の通う学校の先生は守(まもる)にこう言った

「俺は遺伝は信じない主義だ。蛙の子がみんな蛙になってたら、周りじゅう蛙だらけでうるさくてらかなわん。ただ世間には、目の悪いやつらがごまんといる。象のしっぽをさわって蛇だと騒いだり、牛の角をつかんでサイだと信じていたりする。」

周囲の流れは風当たりがどんなに強くても、気持ちの持ちようで道は開けるということを教えてくれるのと同時に、その風当たりに負けてしまう人がいるのも仕方がなく、そんな弱い人を責めてはいけないのだとも教えてくれる。
さらに物語の中で「あんなやつは殺されて当然だ」という台詞が出てくる。実際に憎らしい人が死ぬことはめったにないにしても、「あんなやつは死んだほうがいい」という強烈な殺意を抱いたことぐらい、誰でも一度か二度はあるのだろう。しかし、僕らそうやって殺意を覚えることはあってもはそんなに簡単に人を殺したりしない。なぜなら、そこにはリスクが伴うからだ。リスクとは信用や社会的地位の失墜である。では、リスクを負わないだけの力を得たら人を殺したりするだろうか・・・。考えてみた。殺したりするかもしれない。ほんの少しの労力で、僕がやったとわからないのなら、僕が責任を問われることがないという確信があるのなら殺したかもしれない。きっと多くの人がそうなのだろう、人は力を得ると自分で裁きたがるのだ。「これが正義だ!」「悪いやつはこの世からいなくなれ!」と。としかし人には感情があり、感情がある以上、人を冷静に裁くなどできるはずがないのである。
これがこの本が読者に訴えてきた一番大きなテーマなのだ。僕はそう受け取った。ちなみにこの「力を得たことによって、自らの手で人を裁く」というテーマを中心に据えたのがその後の宮部作品「クロスファイア」なのだと2回目にして感じた。
守(まもる)が父親の最後の行動を知って一人つぶやくシーンは涙を誘う。
【Amazon.co.jp】「魔術はささやく」