「野ブタ。をプロデュース」白岩玄

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第41回文藝賞受賞作品。実はドラマ「野ブタ。をプロデュース」は僕の大好きな作品。機会があったので原作にも触れてみることにした。
桐谷修二(きりたにしゅうじ)というクラスの人気者を演じる主人公が、いじめられっこの編入生、小谷信太(こたにしんた)、通称「野ブタ。」をクラスの人気者にするという物語。
クラスの人気者であり続けるために、クラスの仲間と冗談を言い合い、好きでもない学校のヒロインとお弁当を食べる。そんな修二(しゅうじ)は常に、「着ぐるみをかぶって生きている」と認識している。それは、自分を騙して、人間関係を上手く進めるために違う自分を演じ続ける。そんな世の中に多く存在する「素顔を晒せない人」を風刺しているようだ。

誰が何を考えていようと、社会の中でそれぞれ決められた役割を演じれば、何事もなく一日は過ぎていく。俺たちは生徒として席に着き、おっさんは教師として教壇に立つ。誰がどう見ても授業をしていることが分かれば、世の中は安心し、一日が成り立つ。大事なのは見テクレというヤツだ。
人気者にも必ずつぎはぎがあるものだ。所詮は一人の人間、全てが素晴らしいわけではない。そのつぎはぎをいかにうまく隠すか。凡人と人気者の差はそこにある。

映像化される作品の多くは「原作の方が面白い」と言われる。それはやはり登場人物の心情描写がしっかりされることと、映像化されることによって表面化する不自然さが少ないせいだろう。しかし、この作品に限ってはドラマの方がはるかにいい作品に仕上がっている。ただ、それでも思った。現実はきっとこの原作に近いのだろう、と。現実の「人生」はきっとこの物語のように、あるときを境になんの救いも希望も無く、転がり落ちていくのだ。それを恐れるからこそ、一度着ぐるみを着ることを選んだ人間は一生素顔を晒すことが出来ないのかもしれない。そう感じた。
【楽天ブックス】「野ブタ。をプロデュース」

「水の迷宮」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
羽田国際環境水族館発展のために尽くしていた職員がある日、不慮の死を遂げた。そして3年後のその日、水族館宛てに脅迫メールが届く。古賀孝三(こがこうぞう)と深澤康明(ふかざわやすあき)を含む十数名の職員、関係者達は、水族館の未来を守ることを最優先事項としながら事態の解決を試みる。
物語は水族館と言うあまり馴染みのない場所で展開する。そのため物語を通じて普段知ることのできない世界の舞台裏を知ることができる。それは小説という媒体に限らず、物語に触れる中で得られる楽しみの一つであるが、同時に、想像しにくい舞台で物語が展開されるために、その臨場感が伝わりにくいというデメリットも孕(はら)んでいる。特にそれは、視覚に訴えることの出来ない小説という伝達方法で顕著に現れる。
さて、この物語において、一連の謎の解明にもっとも貢献するのは深澤康明(ふかざわやすあき)である。探偵モノのミステリーと同様に、彼の分析力と論理的なものの考え方、伝達力はこの物語の大きな見所と言えるだろう。ただ、他にも数名状況に応じて的確な考えを述べる登場人物がおり、深澤(ふかざわ)を含めた彼等の言動があまりにも的確すぎて、物語を意図的にある方向へ導いているような印象さえ受ける。(もちろん著者によって作られた登場人物が著者の意図した方向に物語を進めようとするのは当たり前なのだが)。その不自然さが登場人物の人間味を薄れさせているような気がする。
物語は終盤まで、犯人の脅迫メールに応じて職員が対応するという展開で進む。そのミステリーの中では非常にありがちな展開は読者をやや飽きさせることだろう。上でも述べたようにメインの数名以外の登場人物にあまり人間味が感じられないこともまた、物語の吸引力を弱めている要因の一つなのかもしれない。
このまま深沢(ふかさわ)が格好よく真相を解明して終わるのだろう、と思いながら読み進めていたが、終盤にきて、ぞくりとするような展開や台詞が待ち受けていた。ラストのわずか数ページが、この作品をどこにでもある退屈なミステリーとは一線を画す存在に変えているといっても過言ではない。それは前回読んだ石持作品の「月の扉」にも共通して言えることであり、これが石持浅海の個性なのかもしれない、と、二作目にして著者の輪郭が見えたような気がする。

夢を語ることは誰にでもできる。けれどそれを実現に導くのは周到な準備と、それに続く労力だ。実際にはなにもせずに、夢だけを語る人間のなんと多いことか。

ホーロー
金属(鉄)の表面にガラス質のうわ薬を塗り高温で焼き付けたもののこと。鉄のサビやすさ、ガラスのもろさというそれぞれの欠点を補う効果がある。
リーフィーシードラゴン
海水魚の一種。タツノオトシゴに似ている。(Wikipedia「リーフィーシードラゴン」)

【楽天ブックス】「水の迷宮」

「犯人に告ぐ」雫井脩介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第7回大藪春彦賞受賞作品。
6年前に起こった幼児誘拐殺人事件の失態の責任を取って地方に退いた巻島史彦(まきしまふみひこ)は、神奈川県内で起きた連続児童殺害事件の捜査の指揮ために呼び戻された。巻島(まきしま)は状況を打開すべくテレビを利用した公開捜査に踏み切る。
物語前半は、連続殺人事件を題材としながら、テレビというメディアと、それに反応する大衆という方向への展開が、宮部みゆきの「模倣犯」を思い起こさせたが、中盤に差し掛かかる頃にはそんな気配も薄れ、この物語の独自性が際立っていく。
物語の視点は、現場捜査指揮官であり主人公の巻島(まきしま)とその上司にあたる課長の植草(うえくさ)の間を行き来する。2人という少ない視点であるがゆえに、その両者についての心情描写は深く掘り下げられ、同じ刑事と言う職業ながら、仕事に対するその対照的な姿勢が2人の個性をそれぞれ際立たせていく。巻島(まきしま)の事件に対する姿勢には執念や覚悟が、植草(うえくさ)の姿勢からは「本気」を嫌う現代の若者らしさがにじみ出てくる。そこにさらに、娘や昔の恋人とのやり取りを挟むことで、それぞれ人間らしさもしっかりと表現され、読者はさらに物語にひきこまれていくこどたろう。
描かれる刑事たちの地道な捜査と、それが進展しないことによって生じる刑事間の軋轢は、刑事と言う職業がドラマなどで描かれるほど、華やかでも格好良いものでもないということを伝えてくれる、この徒労感ともいえるような現場の空気は、小説と言う媒体だからこそここまでしっかりと伝わってくるものなのだろう。
そして、メディアを利用した「劇場型捜査」というこの物語の特長ゆえに、そこにテレビ局の視聴率獲得競争という側面も取り入れた点も、この物語の個性的な味付けの一つと言えるのではないだろうか。
その一方で、この物語の中ではテレビと言う多くの人が目にするメディアに姿を晒すことで、否応もなく多対一という状況になることの恐ろしさも描かれている。そして、犯罪者に対しても犯罪者に味方するものに対しても一切の言い分も許さず「悪」というレッテルを貼り、それを全否定する世の中の風潮や、「正義」という名の下には何をしても許されるという、世間が時々見せる危険な思想も取り入れられている。

犯罪被害者に非があるとは思わないが、世の中の事件において、犯罪を起こした者の事情が往々にして聞くに値しない言い訳のように扱われ、その切実な心情が一切汲み取られることなく、ただただ人道にもとる行為のみが一方的に非難されるのは一種の民衆ファッショであり、決していい風潮とは思っていない。

さらに、やり場のない被害者家族の心の怒りや悲しみや罪悪感を、どこかに導いてくれるような印象も受けた。

あの事件の犯人が誰であろうと、その人間はその後、本当に悲惨で悲惨で仕方がない人生を送っているんだろうと思います……間違いなく、そうなんだと思います

読み終えた雫井脩介作品は「火の粉」「虚貌」に継いで本作品で三冊目であるが、次第に心情描写の表現が多く、そしてリアルさを増してきたように感じる、それはつまり自分好みの作品になってきたと言うことだ。もう少し心を強くえぐる何かが文章中から感じられれば、ずっと読み続ける作家の一人になるだろう。
【楽天ブックス】「犯人に告ぐ(上)」「犯人に告ぐ(下)」

「月の扉」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
柿崎修(かきざきおさむ)、真壁陽介(まかべようすけ)、村上聡美(むらかみさとみ)の3人は、那覇空港で離陸直前の航空機をハイジャックした。沖縄のキャンプ仲間で不思議な力を持ちながら、警察幹部の陰謀によって不当逮捕された石嶺孝志(いしみねたかし)を奪還するためである。
ハイジャックを実行した3人がいずれもどこにでもいるような善良に市民であり、だからこそ殺人や一般市民を脅威に晒すことに対して人並みの罪悪感を抱く。ハイジャックされた航空機の中の描写は、そんな犯人の一人である聡美(さとみ)の視点で展開するからこそ、テロリストのハイジャックを扱ったような良くある作品にはない、この作品独自の面白さが際立つのだろう。
そして、この物語の中で何より魅力的なのは、偶然ハイジャック機に乗り合わせ、重要な役どころを担うことになった若い男性、通称「座間味くん」である。(むしろ彼が主人公のようにも感じる)。もちろん本作品がフィクションであるがゆえに容易に作り出せるキャラクターではあるだろうが、彼のようにどんな状況においても冷静に先入観を持たず、状況に応じて的確な決断が下せるような人間になりたいものだ。
物語は目的を同じくしながらも各々の採る手法の違いから、思わぬ方向へと進んでいく。そんな展開の中で通称「座間味くん」のつぶやいた言葉が印象的である。

思い出してほしい。他人からの悪意に耐えられるということは、他人への悪意を持つことができるということなんだ

また、本作品中ではあまりその人柄の描かれることのなかったカリスマ、石嶺孝志(いしみねたかし)の存在も読者を惹き付ける要素の一つだろう。一緒にいるだけでその人の心を少しずつ変えてしまう人間。そんな人に今まで僕は会ったこともないが、存在を否定するつもりもない。科学では説明できないなにかの力。それはいつだって僕の好奇心を強く刺激するのだ。
今回、石持浅海(いしもちあさみ)の作品に始めて触れた。題材のせいか、著者のポリシーのせいかはわからないが、本作品には、世間の見方を変える様な印象的なエピソードも、新たな物事を知るためのきっかけもほんのわずかしか含まれていなかったが、始めから終わりまで一気に読ませるその展開力は秀逸である。さらなる傑作を期待して、しばらく石持浅海の作品を注目していこうと思った。


泡盛
今から約500年以上前の琉球王国時代から作られている沖縄だけの特産酒のこと。
シェラカップ
キャンプ用品。食べ物にも飲み物にも使用できて軽量カップ代わりのも使えるもの。

【楽天ブックス】「月の扉」

「サウスバウンド」奥田英朗

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
小学六年生の主人公の上原二郎(うえはらじろう)とその父親の一郎(いちろう)の物語。二郎(じろう)は大きくなるにつれて、どうやら父親の一郎は普通の父親ではないと気づき始めた。実は父親の一郎(いちろう)は元過激派で、各地に数々の伝説を残している男だったのだ。
社会に合わす事をしない父親の一郎(いちろう)が学校や警察と揉める過程で、そんな特異な環境に育っている二郎(じろう)の気持ちと、それを取り巻く大人たちの考え方が描かれる。ありがちな考え方から、極端な思想まで様々で、思想形成過程の二郎(じろう)たちは漠然と世の中の矛盾や複雑さを理解していく。そしてその端々で大人たちもまた葛藤していく。

あのね、人にはいろんな意見があって、それは尊重するべきなんだけど、上原君はまだ六年生なんだし、一つの色に染まっちゃいけないと思うの。
通学路しか通っちゃいけないなんて、明らかに意味のない決め事でしょ。国は国民を、大人は子供を、それぞれ管理したいだけなんだから。
協調性も大事ですが、悪いことに協調していては意味がありません。

そんな二郎(じろう)の成長と並行するように、一郎(いちろう)を取り巻く環境から世の活動家についても触れている。

革命は運動ではない。個人が心の中で起こすものだ。集団は所詮、集団だ。権力を欲しがりそれを守ろうとする。個人単位で考えられる人間だけが、本当の幸福と自由を手にできるんだ。
左翼運動が先細りして、活路を見出したのが環境と人権だ。つまり運動のための運動だ。ポスト冷戦以降、アメリカが必死になって敵を探しているのと同じ構造だろう
いい大人がろくに仕事もしないで、運動を生きがいにしているんだから。働かないことや、お金がないことや、出世しないことの言い訳にしている感じ。正義を振りかざせばみんな黙ると思ってる。

前半部分では口先だけの父親という描かれ方をしていた一郎(いちろう)が、後半部分では行動も伴ってきたため、その言葉が強く二郎の心に響くようになる。

平等は心やさしい権力者が与えたものではない。人民が戦って勝ち得たものだ。誰かが戦わない限り、社会は変わらない。
世間なんて小さいの。世間は歴史も作らないし、人も救わない。正義でもないし、基準でもない。世間なんて戦わない人を慰めるだけのものなのよ
負けてもいいから戦え。人とちがってもいい。孤独を恐れるな。理解者は必ずいる。

いつか子供ができたとき、どんな風に世の中の必要性と、その一方でその不要性を教えるべきか考えさせられた。ただ、思ったのは、この物語で描かれている二郎(じろう)や妹の桃子(ももこ)を含めた子供達のように、世間の大人たちが思っているよりもずっと、子供達は賢く、外に出ていろんな人や物事に触れ、経験し、時には怪我をしたりして、世の中の仕組みを理解していくのだろう。そして、その機会を逃した人間が、学歴、マイホームといった、小さな尺度でしか物事を考えられない人間になり、退屈な世の中を作っていくのかもしれない。ということ。

こんな言葉で生き方を教えてあげたい。と思わせる台詞がたくさん詰まっている一冊である。


サーターアンダーギー
砂糖を多めに使用した球状の揚げドーナツ。(Wikipedia「サーターアンダーギー」)
警備部
各都道府県警察本部に存在する部署のこと。主に思想的背景のある犯罪者や、テロリストへの対処、暴動鎮圧や災害対策、要人警護、各種情報・調査活動等を担当する。(Wikipedia「警備部」)
外事課(がいじか)
日本の警察組織の1部局。たいていは各道府県にある警察本部の警備部の下に置かれ、公安警察の末端を担う。ただし、東京都は例外で、警視庁公安部の下に置かれている。主に海外の過激派、スパイの逮捕を目的としている。(Wikipedia「外事課」)
幇助
実行行為以外の行為で正犯の実行行為を容易にする行為一般を指す。物理的に実行行為を促進する行為はもとより、行為者を励まし犯意を強化するなど心理的に実行行為を促進した場合も幇助となる。(Wikipedia「幇助」)
パイパティローマ
波照間の南に存在するという伝説の島。

【楽天ブックス】「サウスバウンド(上)」「サウスバウンド(下)」

「霊柩車No.4」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
霊柩車の運転手を務める怜座彰光(れいざあきみつ)。その特異な職業とその周囲で起こった事件を物語にしている。
霊柩車の職業という普段接することのない人間を主人公にしているためにその周囲で起こる一般の人にとっては非日常的である日常的なことの描写のすべてが非常に新鮮で面白い。途中、やや現実離れした展開も見せるが、それはあとがきで作者も言及している通り、意図的なもののようだ。物語中で、死に近い場所で毎日生活しているからこそ至ったであろう考え方がしばしば出てきて、それがとても面白い。

私やきみは死と向きあって日々過ごしているが、世間の人々はちがう。ふだん、死というものを忘れている。すなわち、生というものすら意識しないんだ。

千里眼シリーズ、催眠シリーズ、マジシャンシリーズなど、終わり方を見るとこの怜座彰光(れいざあきみつ)の物語も続編へと続きそうな気配を持っていた。今回は第1作ということで、その特異な環境やその職業の社会との関わりだけに触れるだけで、とりたててしっかりとした筋や世の中を風刺した内容を伴っていなくても、ある程度読者を満足させることができたであろうが、自作からはしっかりとしたテーマが必要になってくるだろう。次作はその辺に注目して読んでみたい。


クリープ現象
アクセルを踏まなくても勝手に動き出す現象のこと。這い出し現象。オートマチック車にのみ起こる。これを防ぐためにはフットブレーキを踏んでおくか、サイドブレーキを引く必要がある。

【楽天ブックス】「霊柩車No.4」

「重力ピエロ」伊坂幸太郎

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の泉水(いずみ)と父親の違う弟、春(はる)。あるとき放火事件が立て続けに起こり、春(はる)が次の放火場所を予測した。闘病中の父親と、すでに亡くなっている母親。少し変わった家族の物語。
物語自体に大きな流れがあるわけでもなく、取り上げているのは探せば世の中のどこかにありそうで目立たぬ人間関係である。ただ、そんな物語の中に散りばめられた、泉水(いずみ)と春(はる)の計算されつくした言葉のやり取り。それこそがこの物語の見所なのだろう。随所に溢れる、世の中を見透かしたような台詞の数々を読者は楽しむべきなのかもしれない。

政治がわからぬ。けれども邪悪に対しては人一倍に敏感であった。

個人的には僕の好みの作品ではないが、これはもはや好みの問題である。世間的な評価は非常に高い作品であるので手にとって各自が自分で評価してみるのも面白いだろう。


p53遺伝子
RB遺伝子とともに最もよく知られている癌抑制遺伝子。
テロメア
真核生物の染色体の末端部にある構造。染色体末端を保護する役目をもつ。
ローランド・カーク
1950〜1970年代に活躍したアメリカ合衆国のサックス奏者。
ボノボ
チンパンジーと同じPan属に分類される類人猿である。別名を、ピグミーチンパンジーともいう。

【楽天ブックス】「重力ピエロ」

「冷たい校舎の時は止まる」辻村深月

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第31回メフィスト賞受賞作品。
大雪の冬の日。青南学院高校の生徒8人はいつものように教室に登校してから、自分たち8人以外に誰も校舎内にいないことに気づく。窓もドアも開かずに校舎の外にでることのできない不思議な状況の中で、2ヶ月前の学園祭の最終日に同じクラスの生徒が自殺したという記憶に思い至るが、自殺者が誰だったかが思い出せない。そして、鳴らなかったチャイムが響く度に、8人の中から1人、また1人と消えていく。
爽やかな学園モノだと思った序盤。チープなホラー小説だと思った中盤。最後には、途中で抱いたそんな懸念をすべて吹き飛ばして、読後の心地よい満足感を与えてくれる。
物語を通じて、8人の生徒達と、個々の回想シーンの中で想起される人々の描写の緻密さが読者をひき込むだろう。才女も秀才もクラスのヒーローも。どんな人であれ、その生きてきた長さに比例した辛い過去や悩みを持っていて、その事実と向き合いながら成長する様が巧みに描かれている。学校や教室、そういった狭い世界の中だからこそ目立つ人と人との争いや嫉妬。それらは学校を卒業して社会という広い世界に出た僕のような大人にとっても決して無関係なものではない。

人にかけられた言葉の裏の裏まで読んで気を使い、溜め込んでそして泣いてしまう。投げつけられた小石を自分から鉛弾に変えて、しかもわざわざ心臓に突き刺してしまうような傾向がある。自分自身のことを、そうやって限界まで責める。
優しいわけではない。単に、他人に対する責任を放棄したいだけなのだ。人を傷つけてしまうのが怖い。ただそれだけだ。相手の声を否定せず、他人の言いつけを素直に聞いてさえいれば、誰のことを傷つける心配もない。だから断らない。それはとても楽な方法で、とても臆病な生き方だ。
言葉の遣り取りや他人とのふれあいの中で誰かを知らずに傷つけてしまったとしても、そんなものはおよそ悪意とはかけ離れたものだ。たとえどんな人間であっても、そうした衝突なしに生きていくことはまずできない。
努力の方向が下手な奴っていうのはいるもんでね。勉強してないわけじゃないのに成績が上がらない。そしてそれが自分ことを追いつめる。

時には執拗なまでの登場人物の性格の描写。時の止まった校舎の中や中学生時代の経験。描かれる時間が頻繁に変わることで、本筋の進行の遅さに戸惑うこともあったが、終わってみれば、その詳細な描写のすべてがラストのために必要なものだったと気づくだろう。
集団失踪事件という歴史上の謎の事件に、作者自身の解釈とアレンジを加えて物語の舞台となる時の止まった校舎に説得力を持たせている。そして、それによって時の止まった校舎が、自殺した誰かが作り出した世界、という結論に落ち着いたからこそ、8人の生徒たちは「罪の意識」というものについて考えることになるのだ。自殺したのは誰だったのか。なぜその人の名前を忘れたのか。自分はそんなにも軽薄な人間だったのか、と。

どうかきちんと死んでいて。死んでしまっていて、お願いだから。

社会が責める罪、法律が課す罪。被害者の恨みや社会の記憶が消えても、心に残った罪悪感は決して消えることはない。
ややじれったさを覚える中盤の展開だが、そこにはクライマックスへ向けた様々な伏線が散りばめられている。ラストでそれらのパズルのピースが一気に組みあがっていく。多くの材料を緻密に散りばめてラストに向けって一気にくみ上げるその展開力は「見事」の一言に尽きる。この本を読み終えた今。誰かとこの内容の話で盛り上がりたい気持ちで一杯である。
【楽天ブックス】「冷たい校舎の時は止まる(上)」「冷たい校舎の時は止まる(下)」

「グラスホッパー」伊坂幸太郎

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
妻を殺された恨みを晴らすために非合法組織の社員として潜入した鈴木(すずき)。人を自殺させるのが仕事の鯨(くじら)。殺し屋の蝉(せみ)。法律の手が届かない場所で繰り広げられる世界。
物語中で、引用される、ガブリエル・カッソの映画やロックスター、ジャック・クリスピンは伊坂幸太郎の架空の人物らしい。物語を楽しむと同時に現実世界の知識を得たい人にとっては敬遠されることなのだろう。それでもこの引用された架空の映画監督ガブリエル・カッソの映画の描写が僕にとってはこの物語でもっとも印象的なシーンとなった。
大きなテーマを裏に秘めているようで、その輪郭は最後まで曖昧なままである。どこまでが現実でどこまでが非現実なのか。著者の訴えたいことをはっきりと汲み取りたい僕にとっては、この曖昧さは受け入れ難く、好みの作品とは言えないが、普段とは少し異なる物語に触れたいと感じている人は一度手にとってみる作品なのかもしれない。


スタンリー・キューブリック
映画監督。「2001年宇宙の旅」「アイズ・ワイド・シャット」など。

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「てのひらの闇」藤原伊織

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
20年勤めた飲料会社で希望退職の決まった堀江(ほりえ)は、会長の石崎博久(いしざきひろひさ)から偶然移したビデオ映像をCMに使いたいと打ち明けられるが、CGであるために使えないことを告げる。そして翌朝未明、石崎(いしざき)は自殺した。石崎(いしざき)の死の謎を解くことが堀江(ほりえ)の最後の仕事となる。
藤原伊織の代表作で直木賞受賞作品でもある「テロリストのパラソル」が個人的にそれほど評価できる内容ではなかったので以後敬遠しており、この作品もあまり期待をしていなかったのだが、今回はその予想を良い方に裏切ってくれた。
主人公の堀江(ほりえ)は暴力団の長の息子という異色の経歴を持っているため、企業に籍を置きながらも、企業に属する人たちを客観的に見つめる。そんな堀江(ほりえ)を視点として終始物語が展開するからこそ、企業とそこに関わる人間の在り方がリアルに表現されているのだろう。
信念を持って会社を辞めるもの、経営者が変わってもその企業の中で巧に生き続けるもの。無能と自覚しても家族のために会社にしがみつく者。管理職であるがゆえに路頭に迷うとわかっていながらも年配の社員を解雇する者。

きのう、彼は解雇の件を家族にどう告げたのだろう。社会人として失格の烙印を押された屈辱を、彼は妻にどんなふうに話したのだろう。子どもたちにはどう伝えたのだろう。

パブ効果
「パブリシティ効果」のこと。メディアに取り上げられることによって生み出される宣伝効果。
無配転落
前の決算期末には、配当があったが今期の決算期末では、配当金が支払われないこと。
司法解剖
日本では刑事訴訟法168条1項「鑑定人による死体の解剖」、及び229条「検視」の規定に基づいて、刑事事件の処理のために行う解剖。犯罪死体もしくはその疑いのある死体の死因などを究明するため、検察などの司法当局によって捜査活動の一環として行われることから、こう呼ばれる。
Wikipedia「司法解剖」
行政解剖
刑事訴訟法以外の法律に基づいて処理される事件(行政事件)の処理のために監察医が行う解剖で、死体解剖保存法8条に基づく。法的には家族の承諾がなくても行えるが、24時間以内に医師の診断を受けないで病死した場合に行われる解剖が多い。(Wikipedia「行政解剖」
収益還元法
欧米で主流になっている不動産鑑定評価の手法のひとつ。不動産の運用によって得られると期待される収益=賃料を基に価格を評価する方法。
コルドン・ブルー
1895年にフランス・パリに開校された高級な料理学校。日本では東京(代官山)・横浜・神戸にある。
殺人教唆
人を殺人へとそそのかすこと。
ドゥカティ
イタリアのモーターサイクルメーカーの一つ。 ドカティーとかドカとかドゥカッティとか読む人もいる。車検証ではドカテイ。
MBA
Master of Business Administrationで、日本でいう経営学修士課程。
PhD
Doctor of Philosophyの略語で、博士号のことをいう。
根抵当権
抵当権の一種。普通抵当権が住宅ローンを借りる時など特定債権の担保として設定されるのに対して、根抵当権は、将来借り入れる可能性のある分も含めて、不特定の債権の担保としてあらかじめ設定しておく抵当権のこと。
ロンソン
ライターのメーカー。
参考サイト
Le Cordon Bleu
Yahoo!不動産

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「真夜中の神話」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の栂原晃子(つがはらあきこ)は研究のためインドネシアに赴くが、その途中で飛行機の墜落事故に遭う。カリマンタンの山奥で瀕死の彼女を救ってくれたのは、文明から距離を置いて生活する人々と、歌声でコウモリを操る少女であった。
国内の問題や、発展途上国との格差からくる国際問題などを鋭く描く、真保裕一であるが、今回の作品はは吸血鬼伝説に始まり、他の作品とはやや異なる印象を受けた。
それでも、魔女狩りや世界各地にある伝説や逸話を、過去の歴史や宗教科学的な根拠と結びつけて説明していく展開は非常に面白い。吸血鬼がなぜ、人の血を好み、太陽の光に弱いとされるのか、など、多くの伝説は人々の不安が作り出した必然的産物だったのではないかと考えさせてくれる。

迷信の中には、よく真実がまぶされている。のろいの山には近づくな。そう言われてきた山には、まず毒蛇の巣があったり、有毒な火山ガスが噴出していたりする。昔の人は、経験則から、仲間を戒めるために迷信をつくり上げていったわけです。

インドネシアを舞台としているため、真保裕一の他の作品で、ベトナムを舞台とした「黄金の島」やフィリピンを舞台とした「取引」のように、発展途上国からみる先進国への妬みや、自国の未熟な社会秩序への諦めなどがリアルに描かれることを期待したが、本作品ではわずかな描写にとどまっていた。

彼等はGDPの差が、そのまま国民の優劣につながると信じて疑わない選民思想に縛られた人種なのだ。国際援助という金のばらまきによって得られる日本人への特別扱いに慣れきっている。

そして、各地に広まる宗教と、宗教によっておきる紛争や社会問題に触れる。

貧しいから人は信仰心を抱いて神にすがりたがり、その宗教が人の痛みを踏みつけにして勢いを増し、国家と人種に亀裂をつくって貧困の輪をさらに広げていく。
神は我とともにある。祈りは願望を実現させるための行為ではなく、願望に近づけるように自分を戒め、勇気を得るためにある、と理解はしている。だが、国民の多くが、ただ涙を堪えて祈るしかない現実がある。不平不満を抑えるためにのみ、宗教が機能しているかのようだ。国の貧しさが、人の心をさらに蝕み、宗教がその行為に手を貸している。

見方を変えれば、宗教を必要としない日本人は恵まれているともいえるのだろう。
物語自体は、最後までカリマンタン島の少女の不思議な力とそれに関わる人々に焦点をあてて進められていった。
真保裕一らしく、しっかりとした下調べの上で物語を展開していることはわかるのだが、やはり、彼の長所は社会問題や国際問題を独自の視点で物語にと取り入れる手法であり、そういう意味では、本作品は最終的にどこにでもありそうな物語という形でまとまっており、物足りなさを覚えた。


バレッタ
髪の毛をはさんで留めるヘアアクセサリーのこと。
死蝋
死体が何らかの理由で腐敗菌が繁殖しない条件の下に置かれ、かつ外気と長期間遮断された結果、腐敗を免れ、死体内部の脂肪が変性し死体全体が蝋状・チーズ状になったもの。(Wikipedia「死蝋」)
エコーロケーション
超音波を発し跳ね返ってくる超音波を受信することによって、周囲の餌や障害物などを認識する能力のこと。

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「千里眼 堕天使のメモリー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
千里眼第2シリーズ第6作。ハローワークに職探しに現れた女性は「千里眼の水晶体」で自殺を図り行方不明となっていた西之原夕子(にしのはらゆうこ)であった。岬美由紀(みさきみゆき)は自己愛性人格障害と見られる夕子(ゆうこ)を救うべく奔走する
この物語の中では、基本的に「千里眼の水晶体」で、人格障害とみなされながらも犯罪に走り、結局、美由紀(みゆき)が救うことのできなかった夕子(ゆうこ)を中心として物語が進む。
第2シリーズも6作目になるが、第1シリーズのような深いテーマが未だに感じられない。個人個人の小さな精神的な苦痛を軽んじていいとは言わないが、社会に巣食った問題や矛盾に興味を覚える僕にとっては、やはり全体的に物足りなさを感じる。


フォールス・コンセンサス効果
自分の意見を根拠無く多数派だと思い込んでしまう心理的作用。
反動形成
好きなものを嫌いと言ってしまう心理的作用。
ブリッグ症候群
自分は汚くても他人の汚さは許せない心理。

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「ランドマーク」吉田修一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大宮の地に建設中の高層ビルO-miyaスパイラルに関わる建築士の犬飼(いぬかい)と建設作業員、隼人(はやと)の生活を描く。
基本的に吉田修一の作品は、読者に解釈を委ねる部分が多く、僕が小説に求めるものとは異なるという認識を持っている。それでも、大宮という、僕が生まれ育った街を舞台にしていることや、「パレード」で受けたような奇妙かつ、強烈な衝撃をもう一度味わいたいと思って久しぶりに手に取った。
本作品も、ほかの吉田修一作品と同様に、吉田修一らしい視点を物語の中に断片的に散りばめ、最終的な解釈は読者にお任せ、というスタンスである。一つ一つの小さなエピソードや台詞は物語の本筋とは一切関係ないようで、それでいて何か重要なものを訴えているようにも感じられる。これぞまさに吉田修一ワールドといった感じである。

与えられた場所に満足できないのが人間の本性だろうか。それとも与えられた場所に、愚痴をこぼしながらも満足してしまうのが人間の本性なのだろうか。満足できないから生きていくのか。それとも、満足してしまうから生きられるのか。

「東京」でもなければ「地方」でもない大宮という地。その位置的な中途半端さを、なかなか自分の気持ちにに正直に生きることの出来ない男たちの生き方と対比させているようである。
そしてまた、物語のタイトルにもなっているランドマーク、O-miyaスパイラル。超高層ビルという物理的には最も目立つ存在でありながら、冷たく存在感がない。それはまさに、豊かな日本のなかで、大きな目標も生き甲斐も無く生きている、世の中の多くの人々を象徴しているようだ。
著者が物語の中に埋め込んだテーマをそれなりに斟酌したつもりでも、やはり物足りなさが残る。これはもはや好みの問題だろう。


ヘルツォーク&ド・ムーロン
スイス出身の建築家。スイスのバーゼル出身のジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンの2人からなるユニットで、日本ではプラダ青山店などを手がけた。
丹下建三(たんげけんぞう)
日本の建築家。新宿パークタワー、フジテレビ本社、東京都庁舎、代々木体育館、ほか多数をてがけた。

【Amazon.co.jp】「ランドマーク」

「Fake」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
興信所の調査員であり主人公の宮本と東大生の加奈は、芸術の才能はあるものの学力は最低レベルの昌史を東京芸術大学に合格させるため、最先端の技術を駆使してカンニングの手助けをする。しかしその先には大きな罠が待ち構えていた。
前回読んだ五十嵐貴久作品である「交渉人」が物語の展開とともに世の中の問題点をうまく描いていたので、今回もそれを期待して手にとったのだが、今回は少し趣が違った。
最終的に宮本らは、10億円をかけて、自分たちを罠に嵌めたカジノのオーナーとポーカーで勝負することになる。そのポーカーのシーンで描かれるブラフ(はったり)による駆け引きやカードチェンジの枚数によってよそうされる相手の役など、ポーカーを知っている人には非常に面白いだろう。
上でも述べたように、僕が物語に求めているような、世の中の矛盾や問題点を見事に描く。というような内容ではなかったが、1ヶ月ほど前に読んだ同名の作品、楡周平の「フェイク」と同様に、多くのお金を持っている人からお金を奪おうという内容が共通している点が非常に興味を惹いた。
格差社会と呼ばれる今、どんなに努力しても豊かな生活を得ることはできず、才能を発揮して誰もやったことのない事業に手を出しても、いずれ法律に阻まれる。今、ジャパニーズドリームとされるのは、弱者を蹴落として大金を稼いでいる人からお金を騙し取ることなのかもしれない。


ジャンフランコ・フェレ
自身のコレクションを手がける一方、1989年から1996年までクリスチャン・ディオールのチーフデザイナーを務めた。
ハリー・ウィンストン
アメリカの宝飾デザイナー、宝石商、またそのブランドである。父親のヤコブ・ウィンストンも宝石商。

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「償いの椅子」沢木冬吾

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
海岸近くの公園で、とあるグループのリーダー秋葉辰雄(あきばたつお)と能見亮司(のうみりょうじ)は銃撃を受けた。秋葉(あきば)は死に、能見亮司(のうみりょうじ)は下半身不随となった。それから5年後、再び能見亮司が現れた。公安、警察が能見の行動の監視を始める
車椅子の障害者を主人公とするところに新鮮味を感じた。物語の本筋ではないが、障害者でも運転できるように改造した車や、排泄についての記述は多少の驚きを与えてくれた。そして、能見(のうみ)を監視する、公安や刑事の動きの中からもまた、警察という組織の複雑さや、そこに従事する者の心の葛藤を垣間見せてくれる。
物語は、能見(のうみ)を中心に進行し、視点や心情描写は能見(のうみ)を監視する公安や刑事、そしてその関係者の間を何度も移動しながらも、主人公である能見(のうみ)自身の心情表現は乏しく、それが物語全体を不思議な空気に包んでいくのであろう。
そして、物語は中盤に差し掛かったあたりで大きく動き出し、最終的に能見(のうみ)は大きな事件を起こすことでその心の中を僕に明らかにしてくれた。僕にとって能見の生き方は到底受け入れられるものではないが、世の中にはいろんな人がいて、その中には家族に恵まれなかった人も多々いるであろう。社会や法律が許す生き方では、信念を曲げないわけには行かない人もいるのだろう。そう考えるとこんな生き方もありなのかなと、少し思った。芯の通った生き方はたとえそれがどんなに社会や法律から外れた生き方であっても理解しようと努めたいものだ。
全体を通じては、やや物語りに入り込みにくい印象を受けた。登場人物の相関関係を理解するまでに多少時間を要することは、物語を読む上ではよくあることだが、この物語ではそのための時間が特に多く必要だった。前半部分は特に大きな展開もなく淡々と話が進んだのも物語に入り込みにくかった一つの理由と言えるだろう。ただ、それでも最後は泣ける。
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「フェイク」楡周平

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
銀座の高級クラブの新米ボーイである主人公の岩崎陽一(いわさきよういち)は常にお金に困った生活を送っている。ところが年収1億の雇われママ、上条麻耶(かみじょうまや)と出会って人生は大きく動き出す。
銀座の高級クラブを舞台としているため、ホステスという僕の生活の中ではまったく縁のない世界について、物語を通じていくらか理解することができる。永久指名や同伴、ホステスが店を頻繁に移る理由など、ホステス同士が売り上げを競いながらもクラブのイメージを崩さないためにその長い歴史の中で考え出された仕組みだとわかる。
そして、物語中盤から、陽一(よういち)は麻耶(まや)と組んで、は高級クラブ通いのお金に無頓着な人々を相手に一儲け企む。100万単位でお金が動く展開はどこか現実離れしたものを感じながらも、格差の広がった現代、こんな人たちもいるのだろう、と納得のできるものではある。そして終盤にかけては、競輪というギャンブルとそれを利用するノミ屋なども関わってきて、またいくつか、今まで知らなかった社会の仕組みに強く興味を喚起させられた。
物語全体を通じた感想を言うと、非常に読みやすい作品であった。ただ、物語を通じて一貫して主人公の岩崎陽一(いわさきよういち)の一人称で進んだのが少し残念である。高級クラブに勤めているという以外はどこにでもいそうな青年の陽一(よういち)だけでなく、複雑な事情を抱えてホステスという世界に踏み込んだ上条麻耶(かみじょうまや)などの心情表現にももっと深く踏み込んで欲しかったと感じた。


ポプリ
花に、ハーブやスパイス、香料を混ぜ合わせ、さらにそれを瓶やポットのなかで熟成させた香りのこと
リトグラフ
リトグラフとは石版画のこと。リトグラフの「リト」とはギリシア語で「石」、「グラフ」とは「図版」です。水と油が反発しあうことを応用したもの。
デカンタージュ
ワインを飲む際に、「おり(滓)」と呼ばれる酵母の残りを取り除くために、清潔な別の容器に1度ワインを移す作業のこと。
ヘネシー
Hennessy。世界的に有名なブランデーメーカー。

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「黄金の島」真保裕一

オススメ度 ★★★★★ 5/5
5年ぶり2回目の読了。真保裕一の作品の中で最も好きな作品である。暴力団幹部の恨みを買った坂口修二(さかぐちしゅうじ)はタイへと身を潜める。その後ベトナムへと場所を移し、日本へ行くことを夢を見る若者達と出会う。
日本を目指すというゆるぎない目標を持つ、ベトナムの若者達の言葉に、何度心を動かされたことだろう。ところが教育水準は低く彼等は日本の正確な位置も知らないのだ。

日本ていう国は、アジアでたった一つだけ、世界に方を並べられる国だ。アジア人だって、白人達のように幸福を手にできる

わずかな稼ぎではあるが男性はその腕力や体力を駆使してお金を稼ぐことができる。しかし、力もなく、満足な教育も受けていないベトナムの女性は、体を売る以外にまとまったお金を手に入れる手段は無い。

たまたま日本に生まれただけで、もてるものが違ってくるなんて不公平すぎる。いい暮らしができるのは、最初から決まった者たちだけで、わたしたち庶民は、いくら働いたって、外国人のような恵まれた生活は絶対にできない。みんな、自分の未来に絶望しているから、こんな国から逃げ出したいって思ってる。その何がいけないのよ。
もうたくさんなんだよ。大事な人が体を売るなんて……。そうしないと幸せが手に入らないなんて……。このまま外国人を羨み、何もしてくれない国を恨み、ただ歳を取っていくなんて、まっぴらなんだ!

物語の過程でベトナムという国の実態を知る。そこは警察や公安さえも信用できない世の中で、日本に住む僕等には想像することさえ難しい世界、一体そんな社会の中で、困ったときに一体誰に助けを求めればいいのだろう。民主主義が機能した日本という国に生まれたことを安堵する自分がいる。
また、ベトナムの老人の言葉からはベトナムという国の歩んできた複雑な歴史が垣間見え、その歴史的背景にも興味を抱いた。

最初にアメリカ兵を殺した時、誇らしさで胸が一杯になった。でも、そんな誇らしさは長くは続かなかった。人を殺す行為からは何も生まれないからだ。わしらは魚や動物を殺して生きている。肉食の動物も同じだ。虫もそうだろう。けれど、人が人を殺す行為は何も生み出さないし、生かしもしない。ただ、人が愚かだと再確認できるにすぎん。殺されたくないから殺す。人間らしい考え方だ。
やつらは日本以外のアジア人を心底から馬鹿にしきっていた。自分らがただ日本という経済大国に生まれただけだというのに、国の経済力をそのまま知能程度や人間の質の差だと大いなる勘違いをしている。経済力を誇る”黄金の島”に生まれたという、世界でもひとにぎりの幸福を自覚もできず、何の努力もせずに・・・

僕等は日本に生まれた幸福をほとんど意識せずに過ごしている。そして、この本を読まなければ、そんなこと一生考えずに生きられたのかもしれない。しかし、そうでなくてよかったと思う。なぜなら、僕は「経済大国に生まれただけの何の努力もしない人間」ではないのだから。


ジタン
フランスで最も一般的であり、ゴロワーズと人気を二分する煙草のブランド。
梵字
梵字(ぼんじ)はインドで使用されるブラーフミー文字の漢訳名。
喫水線
船が海面に接する分界線のこと。
ホイアン
ベトナム中部クアンナム省ダナン南方30キロにある古い港町。16世紀末以降、ポルトガル人、オランダ人、中国人、日本人が来航し国際貿易港として繁栄した。
DHL
ドイツポスト傘下の運送会社。
参考サイト
ブラーフミー文字

【Amazon.co.jp】「黄金の島(上)」「黄金の島(下)」

「千里眼の教室」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
千里眼第2シリーズ第5作。氏神高校の体育館で爆発が起こった。そして爆発の後、生徒達は突然氏神高校国の設立を政府に向かって宣言する。
例によってやや現実離れしたストーリーである。学校という小さな面積と少ない人数で独立した国を作ろうとする生徒達の行動は、小さな国の成り立ちを見ているようだ。
インターネットを利用することで、土地が無くても頭脳で外貨を稼ぐことができ、国に役立つ情報や技術にはそれ相応の通貨を支払うなど、国民のモチベーションを上手く国へ還元させようとする。その一方で医療技術の進歩が遅れていれば、国民の生命を守るために、医療技術の進んだ他国に頼らざるを得ない。小国であるが故の長所と短所をこの題材の中でうまく表現している。
生徒達の知識が、高校生という設定にしては豊富すぎる印象もあるがこのへんの非現実感は千里眼シリーズだから描けるものなのだろう。そんな非現実なストーリーの中で発せられる疑問や台詞には現代の真実を的確に言い表したものもある。

実力行使こそが子供たちにとって唯一の対話法だったのよ。いつものらりくらりと問題から目をそむけてばかりの大人たちに対し、子供たしは発言の自由など感じてはいなかった。それで、どうあってもわたしたちが逃れられない状況をつくりだしてきた。

どんなに学のない大人であっても、中学生や高校生と比較すれば多くの知識を持っているのは当然である。それであるがゆえにその行動が正しくなかったり子供にとって納得の行かないものであったとしても言い争えば大人が勝ったり上手くはぐらかすことができるものである。それだけの理由で、大人には「自分たちのほうが正しい」という思い込み、子供には「大人は話しても無駄」という思い込みが生まれ、双方の溝は深まっていく。
いつか大人の立場になったとき、子供達の間に、そんな不都合な溝の生じない関係をつくれる大人になりたいものだ。


適応規制
私たちの心が、緊張や不安などの不快な感情をやわらげ、心理的な安定を保とうとする働き。
適応規制 合理化
一見もっともらしい理由をつけて、自分を正当化しようとする機制
適応規制 退行
たえがたい事態に直面したとき、発達の未熟な段階にあともどりして自分を守ろうとする機制
村八分
十分の交際のうち、葬式と火事の際の消火活動の二分以外は付き合わないという意味からとされ、のけ者にすることを「八分する」とも言われていた。十分のうちの八分は、「冠・婚礼・出産・病気・建築・水害・年忌・旅行」である。

【Amazon.co.jp】「千里眼の教室」

「千里眼 岬美由紀」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
4年ぶり2回目の読了。前作「千里眼 メフィストの逆襲」と2冊で一つの物語となっており、北朝鮮問題を題材とした物語の完結編である。岬美由紀(みさきみゆき)や蒲生誠(がもうまこと)は東京カウンセリングセンターの研修生となった謎の女性、李秀卿(リ・スギョン)を北朝鮮の工作員と疑って身辺警護する。
北朝鮮で生きてきた李秀卿(リ・スギョン)と美由紀(みゆき)は物語中で何度も言い争いをする。信じるものや育った環境によってどんなに理論的な会話を重ねようともお互いに理解することは難しいものだと感じさせるが、それを辛抱強く続けることによってそれは可能になるということもまた教えてくれる。
そして、物語中盤から、正体を現した李秀卿(リ・スギョン)によって、日本と北朝鮮の関係の中で多くの日本人が誤解している一つの真実の形を見せている。

日本国内の犯罪。だが、容疑者扱いされた外国の関係者はそれによって迷惑を被る。ところが、その疑いを晴らす機会を日本政府は外部の人間には与えない。それが結果的に非協力態勢を生む。相互の信頼関係を遠ざける。
日本も過去に嘆かわしい行為の数々をはたらいているだろう。アメリカと手を結び、アジアに強大な軍事力を展開させている。原子力発電所も数多く建設している。それらについては朝鮮民主主義人民共和国になんら事情を説明しようとしない。一方で、わが国が防衛のためにミサイル開発をしたり、発電所建設のために原子力の研究施設を築こうとすると、すぐに核ミサイルを配備するかもしれないといって喧嘩ごしになる。きみらは自分たちが正しく、わが国が間違っていると信じ込んでいる。
北朝鮮も紆余曲折を経て、近代化の波のなかで平和を維持しようとしつづける。内乱を防止するために人々に一つの統一された思想を持たせる。日本ではそれを”洗脳”と呼ぶ。だが彼らにとっては、それはひとつの平和維持のための手段だ。それが正しかったかどうかうかは、数十年後の歴史の判断に委ねられる

もちろんこの物語は松岡圭祐の作り出したフィクションなのだから、必ずしも真実が描かれているとは限らない、しかし、僕らが「真実」として受け止めていること。つまり、ニュースや新聞から得られる情報によって僕らが持っている北朝鮮に対する印象も、必ずしも真実とは限らないのである。北朝鮮に対する考え方を変えてくれる作品である。


チュチェ思想
北朝鮮のいわゆる「主体思想」。1960年代の中ソ対立の中で北朝鮮の自主性を守るために、金日成〔キムイルソン〕が打ち立てた。マルクス・レーニン主義を下敷きに、人間観、歴史観、領導論、自主路線政策、関係理論などを粗描したもの。
参考サイト
アメリカ大使館爆破事件(Wikipedia)

【Amazon.co.jp】「千里眼 岬美由紀」

「千里眼 メフィストの逆襲」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
4年ぶり2回目の読了。「千里眼」第1シリーズ第5作である。「千里眼 ミドリの猿」と「千里眼 運命の暗示」では中国と日本の問題を題材に取り上げていたが、本作品では北朝鮮問題を題材に取り入れている。「千里眼 岬美由紀」と2冊で一つの物語を構成する。
物語冒頭では岬美由紀(みさきみゆき)の自衛隊時代のエピソードが描かれている。自衛隊という矛盾した存在を現場の目線で語っている。

軍人と同様の責務を求められながら、軍人であることを公に否定され、公務員であることを自覚せねばならない立場。そんな自衛隊員のアイデンティティの矛盾が、やがては有事の際にとりかえしのつかない失策につながるのではないか。
われわれはいったいなんのために存在するというのだ。自衛隊に先制攻撃が許されないのはわかる。が、防御のための応戦さえできないというのでは、存在意義がないではないか。自衛隊は文字通り、憲法上あいまいにされてきた解釈の泥沼にはまってしまっている。

物語途中から李秀卿(リ・スギョン)という北朝鮮工作員と疑われる女性が大きく関わってくる。李秀卿(リ・スギョン)と美由紀(みゆき)の議論は双方とも祖国の正当性を主張するもので、育った環境によってお互い理解することの難しさを見せてくれる。

日本人は、外国人がたどたどしい日本語でしゃべるというだけで、まるで知性が同等でないかのような錯覚を抱きやすい

拉致問題など、北朝鮮問題に興味を抱かずにはいられない作品である。
【Amazon.co.jp】「千里眼 メフィストの逆襲」