「虚像の砦」真山仁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
風見敏生(かざみとしお)は民放テレビ局に勤めるディレクター。報道の使命を「権力の監視」と考え、誰よりも先に真実を報道しようと努める。そんな中、中東で日本人3人が誘拐された。
物語はもちろんフィクションであるが、イスラム共和国、バグリード、メソポタミア放送、大無辜(おおむこ)教、秋月弁護士という言葉が出てくる、それらはもちろん、イラク、バグダッド、アルジャジーラ、オウム真理教、坂本弁護士を題材にしているのだと容易に推測できる。そのため、それらの事件に対する今までの自分の認識と、物語中の展開のズレが、再び僕の中の事件に対する興味を喚起することとなった。
物語中ではテレビの力とそれによる危うさを語るとともに、テレビ局と総務省そして政治家の関係をわかりやすく描いている。その関係の鍵となるのは、憲法二十一条の言論の自由と、放送法の公平中立条項、そして、5年に1回再取得が必要なテレビ局の免許制度である。

放送事業に関して言うと、政官民は三すくみ状態にあります。放送局にとって総務省は監督官庁ですから、頭が上がらない。総務省は、放送局には強面で臨めても、政治家の先生たちには弱い。ところが政治家の先生たちは、放送局にはめっぽう弱い。

物語の多くは風見(かざみ)周辺のテレビ局の報道の様子を描いているが、お笑いに命をかけるプロデューサーの黒磐(くろいわ)にもしばしば視点が移る。

バラエティと呼ばれている番組で、やっている事は何かね。自分より弱い人を血祭りに上げて笑い飛ばす。一番ゲスな笑いだ。しかも視聴者には、今日が幸せだったらいいじゃないかという諦めを刷り込み続けている

「報道」も「笑い」も世の中に必要なもの、と位置づけられながらも、テレビという強い影響力を持つがゆえの危うさと、視聴率至上主義に毒されてしだいに信念から遠ざかっていく制作者の歯がゆさも描かれている。

俺たちは今、我が身の驕りのツケを払わされているだけなのかもしれない。いや、もっと言えば、大衆を躍らせた罰を受けているのかもしれない。テレビの向こうの視聴者を小馬鹿にしていた俺たちだって、彼らと大差ないほどの愚か者だった事を思い知らされているんだ。

世の中のすべての物事を実体験するなど不可能だから、僕らは、新聞や本、テレビなどから情報を集めて世の中を知るための努力をするしかない。しかしそれらの情報媒体は人が作るものだから多少なりとも主観が入るのは避けようのないこと。そんな中で優れた情報媒体とは一つの出来事に対して複数の視点から情報を伝えているもののことを言うのだろう。例えば最近話題の高齢者医療制度であれば、その悪いところだけでなく、そのいいところを伝えてこそ、優れた情報媒体と言えるのだ。しかし今のテレビの報道で、これができている番組は一体どれほどあるのだろう。僕だけだろうか、多くの番組に視聴者の気持ちを意図的にどこかに向けようとしている作意を感じるのは。

情報とは、情に報いることだ。しかし、報道とは、道に報いて初めてそう呼ぶことができる。なのに、そのキャスターは道に報いるどころか、情に報いることすらせず臆面もなく嘘のニュースを流した。…

野沢尚の「破線のマリス」や「砦なき者」を読んだとき以上に、メディアを通して真実を知ることの難しさを考えさせる作品であった。

【楽天ブックス】「虚像の砦」

「マグマ」真山仁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
外資系ファンドに勤める野村妙子(のむらたえこ)が休暇から戻ると、同じ部署の社員は解雇されていた。不可解な空気を感じながらも、託された地熱発電を業務とする会社の再生へ取り組む。
なによりもまず、企業買収で利益を上げる買収ファンドという業務形態が新鮮である。妙子(たえこ)自身、この業種の魅力として、「企業の地獄から天国までのすべての過程に責任を持つこと」と述べているように、いろんな業種のビジネスモデルを知ることができるという点で非常に魅力的な仕事なのだろう。
そして本作品で妙子(たえこ)が再生を請け負った会社は、地熱発電を主な事業とする会社である。エネルギーを扱うので当然のように日本のエネルギーの大部分をまかなっている原発問題についても触れられていて、その危険性や政治的な問題にまで話は広げられている。
妙子(たえこ)は再生請負人として弱みを見せられない立場にある。それでも、純粋に地熱発電が日本の環境にやさしいエネルギーであって有意義に活用すべきという考えや、研究者たちの努力や熱い思いに答えたいという考え、そして、企業再生のためには情けをかけてはならないという考えの間で葛藤しながら、自分の与えられた責任を果たすために突き進む。彼女の存在はこの物語の大きな魅力である。
物語は妙子(たえこ)の目線だけでなく、地熱発電の第一人者の御室耕冶朗(おむろこうじろう)にもたびたび移る。地熱発電に情熱を燃やすその強い気持ちをつくっている過去や思いもまた読む人の心に残るだろう。
新しい知識と、現実の社会問題、そして詳細な心情描写。面白い物語に必要不可欠な三要素がしっかり詰まっている作品である。


自然公園法
優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、国民の保健、休養及び教化に資することを目的として定められた法律。国立公園・国定公園・都道府県立自然公園からなる自然公園を指定し、自然環境の保護と、快適な利用を推進する。(Wikipedia「自然公園法」
ガイア仮説
地球は様々なシステムが融合して出来上がった、1つの生命有機体であるとする仮説。(はてなダイアリー「ガイア仮説」
参考サイト
Wikipedia「地熱発電」
地熱発電の基礎知識

【楽天ブックス】「マグマ」

「クレイジーヘヴン」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
旅行会社に勤める坂脇恭一(さかわききょういち)は日々の生活に疑問を感じながらも自分の生きる意味を考えながら生きている。一方、田所圭子(たどころけいこ)は、OLを辞めてから金を作るために売春に手を染め、今はヤクザの悪事を手伝わされていた。そんな2人が出会う。
恭一(きょういち)と行動を共にすることになった圭子(けいこ)の考え方は、恭一の考え方に間近で触れるうちに少しずつ変化していく。
自分の考えに自信が持てないからこそ、周囲の顔色をうかがって行動を選択し、その結果、誰からも必要とされなくなり、自分の存在価値が信じられなくなる。そんな圭子(けいこ)のような生き方をする人間は、自分の能力を知ってしまった20代中盤から後半の女性には意外と多く存在するのかもしれない。男女平等が叫ばれながらも、未だ、女性は男ほど簡単に一人で生きる決心などできないのだから、それも仕方がないことなのかもしれない。
自分に自信がなく、一人で生きていくことができないと思うからこそ、必死で相手のために尽くして見捨てられないようにする圭子(けいこ)の行動は痛々しくさえある。それでも、内なる変化を気づいたときに、圭子(けいこ)がかみ締める言葉の数々が妙に心に残る。

弱いのは恥じゃない。恐がって逃げることこそ、みっともない。
被害者面のままうずくまっているのは、気持ちがいいし、簡単だ。あたしは悪くない。運が悪かったのだ。取り巻きも悪かったのだ──そう思っているだけでいい。楽なやり方だ。でも、卑怯だ。

この言葉を聞かせてあげたい人が僕の交友関係のなかにも何人か思い浮かぶ、きっと世の中にはもっと多くの割合で存在する自分に自信が持てない人たち。そんなひとたちこそこの本を読めば何かがかわるかもしれない。もちろん僕自身にとってもいつまでも記憶に残しておきたい言葉である。
相変わらずの読みやすさとスピード感。そして、心に染み入るエピソードや台詞の数々。今や垣根涼介は大好きな作家の一人である。


参考サイト
犯罪人引渡し条約

【楽天ブックス】「クレイジーヘヴン 」

「千里眼 シンガポール・フライヤー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
千里眼第2シリーズの第8作。「千里眼 美由紀の正体」で自分の過去を知った岬美由紀(みさきみゆき)は精神疾患に悩まされていた。そん中、世の中は新種の鳥インフルエンザの猛威に晒されていた。
本作品で岬美由紀(みさきみゆき)は今まで以上に人間味を出す。人の心を読めることで、人の悪意を瞬時に察しながらもそれを証明することができないために周囲に協力を求めることができない。そして、どんな人でも少なからず悪意を持っているため、目に入る全ての人の表情が気になる。そんな悪循環に悩まされる。

わたしには世の中が見えすぎた。知りたくないことまで知ってしまい、真実の重さを心が支えきれない。

例によって、多く現実の出来事を物語に盛り込んでいる。ルネサンス佐世保の猟銃発砲事件、富士スピードウェイで開催されたフォーミュラ1での交通問題。時事ネタが素早く取り込まれることが松岡圭祐の指示される理由だろう。
本作品では「クオリア」という言葉がキーワードになる。

クオリアとは、僕ら人間が何かに注意を向けたとき、そこに感じる独特な質感。たとえばビールののどごし、チョコレートの味わいの深さ。夜空に瞬く星の美しさ。

新種の鳥インフルエンザ、ヴェルガ・ウィルスの日本への拡大を防ごうとする美由紀(みゆき)と、クオリアを否定する組織「ノン=クオリア」が対峙することになる。

この世は物質がすべてじゃない。クオリアというものがあると、確かに信じているから

人間が生きる喜びを感じる多くの要素を説明しうるクオリア。しかし、成長過程によってはそれを理解できない人もいることを、理解できるからこそ物語の結末に興味を掻き立てられる。
小学館から発行されていた千里眼第1シリーズに比べて、この角川文庫の第2シリーズは物足りなさを覚えることが多かったのだが、本作品はそんな中でも心に残るものがあった。


ドリトル現象
動物や物がしゃべっているように感じる精神病。
不思議の国のアリス症候群
知覚された外界のものの大きさや自分の体の大きさが通常とは異なって感じられる主観的なイメージの変容した状態。(Wikipedia「不思議の国のアリス症候群」
スンガイ・ブロー
シンガポールの北西に位置するマングローブや渡り鳥を観察できる、自然保護区。
ポルフィリオ・ディアス
1876年から1911年までメキシコを支配した独裁者。(Wikipedia「ポルフィリオ・ディアス」
エビングハウスの忘却曲線
長期記憶の忘却を表す曲線である。心理学者のヘルマン・エビングハウスによって導かれた。(Wikipedia「忘却曲線」
参考サイト
Wikipedia「マリーの部屋」

【楽天ブックス】「千里眼 シンガポール・フライヤー(上) 」「千里眼 シンガポール・フライヤー(下) 」

「邂逅の森」熊谷達也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第131回直木賞受賞作品。
大正から昭和の始め。マタギという生き方をした松橋富治(まつはしとみじ)という男の人生を描く。
この時代を扱った物語に触れる機会が少ないためか、物語中の多くの出来事が新鮮に映った。なによりも富治(とみじ)とその仲間の猟の様子は非常に細かく描写されており、山や獣といった、現代ではないがしろにされているものに、多くの読者が関心を抱くだろう。
山の神の存在を心のそこから信じているわけではないが、山の神を怒らせるようなまねを敢えてしようとも思わない。急速に近代化へと進む時代の中で、富治(とみじゅじ)の考え方も少しずつ変化していった。ただ、それでも何か説明できない大きな力が働いているのだという思いは捨てきれない。そんな不思議な感覚は、現代に生きている人間の中にもあるのではないだろうか。
現代人が忘れてしまった大切なものの存在を訴えかけてくるような作品である。
【楽天ブックス】「邂逅の森 」

「震度0」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1995年1月、阪神大震災と同じとき、N県警で1人の警察幹部が失踪した。県警幹部達は各々、自分の地位や体裁を守るために、その対応に追われることになる。
本作品で描かれているのは警察のもっとも醜い一面だろう。本部長、刑務部長、刑事部長、N県警という地方警察で、権力をもった幹部達が各々、自分の経歴に傷をつけないため、今の地位を守るため、天下り先を確保するために、1人の警察幹部の失踪事件を操作しようとする。
時には利害の一致したほかの警察職員と協力し、「真実を追究する」という建て前をちらつかせて、相手の持っている情報を出させる。その一方で、情報を早めに仕入れては、都合の悪い事実を隠蔽しようとする。そこにはもはや正義も真実も大した意味を持たない。多少誇張されているのだろうが、これが警察の実態なのだろう。
それでも本作品を読みながら、そんな警察幹部達の目線で事件を見つめるうちに、地位やキャリアアップにこだわっている彼等の気持ちが理解できたような気がしてしまうからページをめくる手は加速するばかり。家族を養いながら警察という縦社会の中で生きてきた人間は、警察以外で生きる能力がないのだから立場にこだわるのは当然なのかもしれない。
そして、そんな彼等だが、元々は正義感が強いからこそ警察になった男たち。だからこそ、事実の隠蔽や虚偽の記者会見に強い良心の呵責を覚え、それがまた印象的なのだ。

見て見ぬふりをする人間にだけはなるな──。
昔からそうだった。人の心をいじくるのが好きだった。いじくり回して遊ぶのが楽しくてならなかった。だが──
とうとう、人の死までいじくった。

警察内部の権力闘争にページの大部分が費やされてはいるが、ラスト20,30ページで大きく動く。一人の人間の告白が、人間の感情の複雑さを再認識させてくれることだろう。人が人に対して抱く感情は一つではない。愛しみ、蔑み、憎しみ、羨み、敬い、・・時には多くの感情を複雑な割合で併せ持つ。この物語の中で一体いくつの感情が描かれていることだろう。
「ルパンの消息」「半落ち」と同様に、最後の数ページで一気に読者を納得させて読後の心地よさに導いてくれた。


博徒(ばくと)
(江戸〜明治までの)賭博を生業とする者、博打打ち。テキ屋とともに、ヤクザの源流とされる。(はてなダイアリー「博徒」

【楽天ブックス】「震度0 」

「曙光の街」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
お金もなくロシアの冬を過ごしていた元KGB諜報員ヴィクトルの元へ、昔の上司で今はロシアンマフィアとなったオギエンコが、日本のヤクザを一人殺してほしいという依頼をする。ヴィクトルは仕事のために日本へ渡り、また日本の公安もその情報をキャッチする。
物語中には3人の目線が用意されている。日本にやってきたヴィクトルと、日本の公安警察の倉島(くらしま)、そして、ターゲットとなるヤクザの下に就いている暴力団の兵藤(ひょうどう)である。
国のための諜報活動、プロ野球、3人はいずれも、かつては何かに本気で取り組んでいた男。それが時の流れとともに、惰性で生きるようになっていた。そんな彼らだが、ヴィクトルという男の生き方に触れることで、少しずつ「自分が求めていた何か」に気づいていく。
そしてその過程で日本とロシアが比較される。日本は不況と言えども飢えることなどない。不幸な生い立ちといえども生きていける。あらゆる面で日本という国で生きている人は甘えた考えを持っているということが繰り返し描写される。実際、ヴィクトルや、娼婦として日本に連れてこられたエレーナの生き方や過去は僕ら日本人の想像できる範囲をはるかに超えていて、逆にかっこよくすらある。
ヴィクトルも何度も日本の未来を嘆く。

平和な国だ。だが、自ら血を流して手に入れた平和ではない。生まれたときから与えられていた平和だ。そうした平和は人を腐らせる。危機感を失った国民。本当の危機がやってきたとき、対処する方法がなくてただ慌てふためくだけに違いない。

実際その通りなのだろう。この国は見栄さえ張らなければ何もしなくても生きていける国。そんな国に生きて危機感を常に持っているというほうが無理なのかもしれない。しかしそんなぬるま湯のような生活に浸っていても何か自分の内なるものを磨くような生き方は出来るはず。ヴィクトルと対峙した公安の倉島(くらしま)や暴力団の兵藤(ひょうどう)が見せた心の変化がそのためのヒントなのかもしれない。
【楽天ブックス】「曙光の街 」

「TVJ」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
お台場にあるテレビ局が生放送中に武装集団によって占拠された。経理部に勤める女性社員の岡本由紀子(おかもとゆきこ)も事件に巻き込まれるが、恋人を救うために行動を起こす。
「女性版ダイハード」とか「女性版ホワイトアウト」と聞いていた本作品だが、感想はというとどちらとも言えない新しい物語という印象。なぜなら、ダイハードのブルースウィルスもホワイトアウトの織田裕二も賢かったのだが、本作品のヒロイン、由紀子(ゆきこ)は時々賢そうな素振りを見せることはあっても、プラスチック爆弾どころかパソコンも操作できないどこにでもいそうな無知な女性なのだ。
本作品は最初に由紀子(ゆきこ)の結婚願望から始まる。

あの頃までは、本当に心からお祝いが言えたと思う。幸せになってね、と祈ることが出来た。ちょっと待ってよ、と思うようになったのは、次の年の六月から秋にかけていきなり四人の友達が結婚した時だ。

これで多くの読者が彼女の味方になってしまったのだろう。相変わらず五十嵐貴久の読者を一気に物語に引き込む技術には感心するばかりである。
また、犯人グループの警察を欺くその手口も本作品の大きな魅力の一つである。五十嵐貴久作品に触れたのはこれで4回目だが、この著者の作品にハズレはないと感じた。


参考サイト
金嬉老事件

【楽天ブックス】「TVJ」

「孤狼 刑事・鳴沢了」堂場瞬一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1人の刑事が自殺し、1人の刑事が失踪した。鳴沢了(なるさわりょう)と今敬一郎(こんけいいちろう)は失踪した刑事を探すことを命じられる。
今回、「寝不足書店人続出?」というキャッチの帯に魅せられ、こうやって「刑事・鳴沢了シリーズ」を初めて手に取った。しかし、本作品中の事件が原因か、それとも、堂場瞬一(どうばしゅんいち)という作家の個性なのか、とりたてて物語にスピード感が感じられなかった。むしろ地道な捜査を続けて真実に少しずつ近づいていくという印象を受けた。
鳴沢了(なるさわりょう)という刑事にもそれほどの魅力は感じなかった。むしろ、昔の相棒とされる小野寺冴(おのでらさえ)という元女性刑事に魅力を感じたのは、単に自分が男だからだろうか。
物語の中でいくつか警察内部の派閥が出てくる。派閥に属して自分の派閥の人間をトップに推すからこそ、警察内部で安心して仕事に取り組むことができるという考えを持つ刑事と、派閥などくだらないと考える鳴沢(なるさわ)や今(こん)。もちろんそこに明確な答えなどなく、著者も鳴沢(なるさわ)も「こうあるべき」と考えを読者に押し付けないところに、好感が持てた。
そして、終盤の鳴沢(なるさわ)のように「今の自分の行動は正しいのか」と葛藤する姿は、読者に共感を与えるために必須な人間味であり、この辺が「刑事・鳴沢了シリーズ」の魅力の一つなのではないだろうか。
今回、刑事・鳴沢了シリーズに初めて触れたのだが、どうやら本作品はシリーズの中では4作目であり、中途半端なところから読み始めてしまったようだ。物語中の会話などから推し量ると、本作品の前の3冊にも大きな動きがあったのだろう。機会があったらそちらも読んでみたい。ただ、本作品に限っていえば「寝不足書店人続出?」というのは褒めすぎだろう。
【楽天ブックス】「孤狼 刑事・鳴沢了」

「夏の名残りの薔薇」恩田陸

オススメ度 ★☆☆☆☆ 1/5
山奥のホテルで毎年開催されるパーティ。毎回同じメンバーが招待されて、食事時には不思議な話が語られる。そんなホテルで宿泊者達が織り成す物語を描いた作品。
残念ながら理解できない作品だった。死んだはずの人がその後なんの説明もなく普通に生きていたり、と。物語中でたびたび引用される太字で書かれた文章も最後まで理解できなかった。恩田陸という作家がしばしがこういう手法に走ることは知っているし、「ライオンハート」や「三月は深き紅の淵を」もその類の作品で僕にはさっぱり理解できなかったのだが、今回も同様にさっぱりだった。
ひょっとしたらミステリーを読み漁っている人には何か著者とシンクロする部分があるのだろうか。それがないのであれば著者の自己満足にすぎないと思うのだが、こういう作品に対してあたかも「自分にはわかった」的なことを言い出す評論家がいそうな気がする。そして「あれが理解できる人が本当のミステリーファン」とか。僕に言わせればそれは著者を甘やかしているに過ぎないと思うのだが、とりあえず理解できた人がいるなら説明をして欲しい、というのが正直な感想。
きっと僕のような理系人間には好かれない作品なのではないだろうか。


コケティッシュ
なまめかしい、あだっぽいの意味で女性の粋な美しさや魅力を表現することば

【楽天ブックス】「夏の名残りの薔薇」

「イントゥルーダー」高嶋哲夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
コンピュータ開発のスペシャリストである羽嶋浩司(はしまこうじ)は、ある日、数年前に別れた女性から松永慎二(まつながしんじ)という自分の知らない息子の存在を告げられる。しかもその息子はひき逃げにあって生死の境を彷徨っているという。会話さえしたことのな息子は一体事故の直前に何をしていたのだろう。
著者の高島哲夫の別の作品である「原発占拠」と同様に、この作品でも原子力発電所という人類のエネルギー減でありながら危険性のある施設をテーマにしている。主人公である羽嶋浩司(はしまこうじ)が一流のエンジニアであるため、原発に肯定的な考え方を持つ。しかし、物語中では「完璧なものなどありえない」という、科学への過信を警戒するような意見が散りばめられているから。「では最終的に物語はどこに落ち着くのか」と読者の興味を喚起するのだろう。

科学でなんでもわかるのはけっこうだが、それがどうしたと言いたいね。冬は寒い、夏は暑い。昔からそうだった。それに反して、冬でも夏でも同じように暮らそうとするから無理が生まれるんだ。
絶対に安全でなければならない。百パーセントの安全性。そんな技術は存在しない。だから原発には反対すべきなんだ。

新しい事実を知るにつれて少しずつ羽嶋(はしま)の心の中で形を成して息子・慎二の人間性。それは少しずつ羽嶋(はしま)の内面にも変化が起こす。

部長の優しさは、相手をいたわるのではなく、能力のない者をあわれむ優しさでした。それって、百倍も傷つくってことご存知でしたか

高島哲夫らしく、映像が浮かんでくるようなスピード感あふれる物語展開は本作品でも健在。ただ、後半はやや二転三転させすぎた感がある。あまりにも物語をもてあそび過ぎると真実味が薄れ、「つくられた話」感が強調されてしまうという印象を受けた。
高島哲夫は本作品でも一貫して一つの立場を取っている。技術は人類を幸せにするもので破壊するものではない。チェルノブイリなどのような出来事は、利益に走った権力者やうぬぼれた科学者の心が招くものだ。そういう考え方である。
原発に対して僕自身は否定の立場も肯定の立場も取っていないが、原子力発電によって電力を供給しておいて、「ほら、あなた方が使うから原発は必要なんだ」と訴えるのはいかがなものかと思う。僕らがそのエネルギーを利用しているのは、原発が必要だという意思の現われではなく、単にそこにエネルギーがあるからなのだ。本当に原発の是非を問うには国民投票を行う以外にないのだろう。
【楽天ブックス】「イントゥルーダー」

「照柿」高村薫

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
昔極道に手を染めながらも今は真面目に働く野田達夫(のだたつお)、難航するホステス殺人事件に関わる刑事・合田雄一郎(ごうだゆういちろう)。幼馴染である2人は1人の女性を接点として18年ぶりに再会する。
心情描写や情景描写の細かい高村薫。その描写の細かさは本作品でも健在である。人は常に何かを考えている。一度にいくつものことを考え、その多くは頭の中で言葉を形成する前に処理され、また別の考えに変わる。そういうどうでもいい頭の中の断片までを高村薫という著者は詳細に描くことで、人間という生物の複雑さを訴えているような気がする。
本作品も、野田達夫(のだたつお)という工場で働く男と、刑事である合田雄一郎(ごうだゆういちろう)という2人の人物に焦点を当てて、その頭の中を詳細に描いている。仕事に追われ、人間関係に悩み、遠い昔の出来事の記憶に大きく影響を受けながら、少しずつ自分でも理解しがたい行動に走り始めていく。
この2人は決して特別なのではない。人間は誰しも、どこかに狂気を備えており、時に説明のつかない行動を起こす、そんな可能性を秘めているのだと思う。それはきっと何かの出来事をきっかけに一気に外側に溢れ出すものなのかもしれない。
高村薫らしい作品ではあるが、物語のスピード感はいつまで経ってもあがらない。途中その遅々とした展開にやや飽きもしたが、最後はそれなりの考えるテーマを僕の心に残してくれたように思う。


ヘンリー・ムーア
20世紀のイギリスを代表する芸術家・彫刻家。(Wikipedia「ヘンリー・ムーア」
赤線
日本で1958年以前に公認で売春が行われていた地域の俗称。(Wikipedia「赤線」
ラシーヌ
17世紀フランスの劇作家で、フランス古典主義を代表する悲劇作家。「ブリタニキュス」「アレクサンドル大王」など。(Wikipedia「ジャン・ラシーヌ」

【楽天ブックス】「照柿(上)」「照柿(下)」

「査察機長」内田幹樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
新米機長の村井知洋(むらいともひろ)は成田発ニューヨーク息の敏で社内のチェックを受ける。チェッカーは仲間から恐れられる氏原政信(うじはらまさのぶ)であった。
物語の視点は、新米機長である村井(むらい)と、ベテラン機長である、大隈(おおすみ)の間を行き来する。僕を含めた読者には日付変更線を日常的に超える環境にいる人間の考え方がとても新鮮に感じることだろう。
著者にとっては日常的なのだろうが、コックピットのやりとりなどのすべてが興味深く読むことができた。美しい飛び方を追求しようとする村井(むらい)と、乗客の年齢からほんのわずかな揺れにまで気を使って飛行機を飛ばすべきという氏原(うじはら)。僕の人生にほとんど接点のない生き方であるにもかかわらず、そんな中にも個々の仕事へのこだわりが見えるところが面白い。
特別引き込むような文章力は感じられず、淡々と物語が進んでいくが、航空会社で働いていたという題材だけでそれを補うだけの物語になるから面白い。


マッキンリー山
北米最高峰の山、標高は6194m。
バシキール航空2937便空中衝突事故
2002年7月1日深夜、ドイツ南部の上空において、ロシア民間旅客機のバシキール航空2937便と国際宅配会社DHLの貨物機DHL611便が空中衝突し、墜落した事故である。(Wikipedia「バシキール航空2937便空中衝突事故」
杉原千畝(すぎはらちうね)
ナチスによる迫害からおよそ6000人にのぼるユダヤ人を救ったことで世界中に広く知られている。(Wikipedia「杉原千畝」

【楽天ブックス】「査察機長」

「パプリカ」筒井康隆

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
精神医学研究所に勤める千葉敦子(ちばあつこ)はサイコセラピストであるとともに、人の夢に入って悩みなどを解決する夢探偵パプリカという顔を持つ。そんな人の夢に入ることができる世の中で、最新型精神治療技術「DCミニ」が発明されたことで、それを悪用しようとする人の行動をきっかけとして、次第に夢と現実の区別がなくなっていく。
最初この物語の世界観を理解するのにしばらく時間を要するだろう。ただ、夢という未だ謎の多い部分をうまく題材にしている。この物語の中で描かれているように、夢に出てくる人や物はなにかしら現実世界とリンクしていると僕自身も思う。例えば小さなころの思い出だったり、直前に読んだ本の内容だったり、願望だったり、本人の無意識の中にあるものが目に見える形で現れたものが夢なのだろう。おそらく多くの人間がそう思っているからこそ、この物語はただの架空の話としては片付けられないリアルさを持ち合わせているのではないだろうか。
そして、この物語でかぎとなる「DCミニ」と呼ばれる機器。これによって「DCミニ」利用者は双方の夢に入り込むことができる。2人の人間が1つの夢を共有したら、その夢は次第に意志の強いほうの望む世界に変わっていく。現実には夢を共有するなどということはありえない(あってもそれとわからない)ことでありながらも、きっとそうなるだろう、と読者を納得させてしまうその設定が面白い。合わせて、場所を移動していないのに気がつくと別の場所にいたり、いつのまにかに隣にいる人が別の人物になっていたり、という夢の特性を面白く描いている。

無茶ではなく夢茶、無理ではなく夢理。これは夢なのだ。

とはいえ、やはり冒頭で述べたように、この非現実な世界に入り込むまでに非常に時間がかかった。架空の物語でもある程度専門用語を書き連ねることによって読者にリアルさを伝える手法は僕自身嫌いではない。瀬名英明の「パラサイトイブ」の詳細な描写はその最たるものだと思っているが、そのような手法は物語の非現実具合と密接に関わってくるものだけに加減が難しいのかもしれない。個人的にはこの物語程の非現実の世界であれば、もっと単純でわかりやすい導入部分にしたほうが読者にとっては読みやすい作品になったのではないだろうか。
本作品は映画になったことを知って手に取ったわけだが、内容はまさに映像向きであった。夢と現実が混沌としたクライマックスは、アキラの大友克洋や宮崎駿が好みそうなである。機会があれば2006年に公開された「パプリカ」を観てみたいものだ。


アニマ
男性の人格の無意識の女性的な側を意味する。(Wikipedia「アニマ」
役不足
「素晴らしい役者に対して、役柄が不足している」という意味だが逆の意味で使われることが多い。
海千山千(うみせんやません)
世の中で様々な経験を積み、物事の裏表を知り尽くしてずる賢いこと。また、そのような人。したたか者。(語源由来時点「海千山千」
ラポール
二人またはそれ以上の人たちの間で理解と相互信頼の関係を成立させ、維持する過程。相手の反応を引き出す能力。(はてなダイアリー「ラポール」
容喙(ようかい)
横から口を出すこと。くちばしを入れること。(goo辞書「容喙」
アクババ
トルコの伝説に登場するハゲタカ。死骸を食べて千年生きるとされる。
エディプス・コンプレックス
母親を確保しようと強い感情を抱き、父親に対して強い対抗心を抱く心理状態の事。(Wikipedia「エディプスコンプレックス」
参考サイト
パプリカ オフィシャルサイト

【楽天ブックス】「パプリカ」

「空中ブランコ」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第131回直木賞受賞作品。
やたらと注射をしたがる妙な精神科医伊良部一郎(いらぶいちろう)と彼の病院を訪れる患者の物語の第2弾。
全体で5編から成り、それぞれブランコで飛べなくなった空中ブランコ演技者。尖ったものが怖くなったヤクザ。送球ができなくなったプロ野球の三塁手。羽目をはずしたい医者。ネタに困った恋愛小説家。という患者を描いている。それほど重いテーマというわけでもなく、伊良部一郎(いらぶいちろう)という主人公がそれほど魅力的なわけでもない、それでも読者を引き込むテンポの良さは、奥田英雄の作品には常にあり、今回も例外ではない。
しかし、ただのドタバタ劇という感じがして、途中、このまま読み終わって、自分の中になにも残らない「読書のための読書」で終わりそうな予感を抱いたりもしたが、ラストの恋愛小説家を描いた物語にはメッセージを感じた。
小説家を描いているだけに、きっと奥田英朗自身の過去なども反映していることだろう。周囲に流される人が多いからいいものが評価されない。大したものでなくてもメディアが飛びつけば売れるし、評価される。いいものを作っても評価されるわけでもなく売れるわけでもない。かといって売れるものを作っても自分の中の満足感は満たせない。そんなクリエイターなら誰もが感じたことのあるジレンマを見事に描いている。
恋愛小説家の友人のフリーの編集者が言う台詞が印象的である。

この国で映画の仕事をやっているとこんなのばっかだよ。ここで報われないとこの人だめになる、だから神様お願いですからヒットさせてくださいって天に手を合わせるんだけど、それでも成功することの方がはるかに少ない。わたしは彼らを前にして思うよ。せめて自分は誠実な仕事をしよう、インチキだけには加担すまい、そして謙虚な人間でいようって──

作者でなく、編集者という作品と作者を客観的に見れる立場の人間の台詞なだけに見事に世の中の矛盾を言っているように感じる。それぞれの人たちが自分の目、自分の耳で、いいモノわるいモノを判断できればこんなジレンマはなくなるはずなのに、日本という国の国民はその意識が極端に低い。それは国民性として受け入れるしかないが、自分のモノに対する姿勢については考えさせられる。
直木賞という評価も最後の作品に因るところが大きいのではないだろうか。


イップス
精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことである。本来はパットなどへの悪影響を表すゴルフ用語であるが、現在では他のスポーツでも使われるようになっている。(Wikipedia「イップス」
キュレーター
美術館の学芸員。

【楽天ブックス】「空中ブランコ」

「しゃぼん玉」乃南アサ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
目的もなく、引ったくりを繰り返して放浪していた伊豆見翔人(いずみしょうと)は九州、宮崎の山奥の村にたどり着く。田舎の人の温かさに触れることで起こった翔人(しょうと)の心の変化を描いた物語。
実際には世の中の大半がこの物語の翔人(しょうと)のように、誰かを頼ることもなければ、頼られることもなく孤独で希薄な人間関係の中に生きているのかもしれない。そして、頼れる人がいないから、自分のことでいっぱいになり、他人の痛みに築かなくなるのだろう。

こういう一生はきっと最後の最後まで、このままなのだ。どこかで弾けて消えるまでの間だけ、ふわふわと漂っているより仕方がない。いずれにせよ、そう長いことではない。何分も漂い続けられるしゃぼん玉がないのと同じように。

田舎の温かい人たちの気持ちに触れて生活しているうちに、すこしずつ今までと違った感情が芽生え始める。このままの空気で終わってしまうのかと思い始めた終盤に、急展開が待っていた。
世の中には見た目はしっかりとした大人であるにもかかわらず、「この人には罪悪感というのがないのだろうか」と思うような、信じられないような行動を平気でする人がいる。しかし、いつかそんな人が自分のそんな行動に気づいて、「あれはひどい行動だった」と過去を思いかえすとき、それまで積み重ねてきた行動の記憶は、一生消えない罪悪感となって襲ってくるのかもしれない。そんなふうに思った。
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「再生巨流」楡周平

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
大手運送会社の第一営業部に勤める吉野公啓(よしのまさひろ)は新規事業開発部の部長に昇進となった。3名しかいない部署の部長。それは実質左遷人事だった。しかし吉野(よしの)は起死回生のための巨大プロジェクトを考え始める。
この物語の中心となっている巨大プロジェクトは、文具通販をヒントに吉野(よしの)が思いつくという設定である。物語中では文具通販社の社名は架空の名前となっているが、もちろんモデルはアスクルだろう。序盤は吉野(よしの)が考えを構築するヒントとして、文具通販のビジネスモデルがわかりやすく説明されている。
そして吉野の思いついた案についても、考えを構築する過程、ビジネスパートナーである業界第3位の文具メーカーへの説明、そして上司に承認をもらうための説明、と複雑なビジネスモデルを言葉を変えて物語中で3回説明している。幅広い読者にこの物語の肝となる経済の一部分を理解してもらい、面白く読み進めてもらうための配慮なのだろう。
そして、そのビジネスモデルは、周囲の多くの人の助けを借りながら少しずつ障害を乗り越え、形作ってくる。その過程で、高齢化社会、オンラインショッピング、価格比較サイトなどのにもしっかりと話が絡んでくるあたりに著者の周到な計画が見える。
そしてまた吉野(よしの)の周囲の人間たちの成長も見所の一つだろう。部下のモチベーションを上げさせることが、部下の能力を上げる一番手っ取り早い方法なのかもしれない。
藤原伊織の「シリウスの道」、垣根涼介の「君たちに明日はない」と同じように、業種は違えど自分の仕事に誇りを持った人間を描いた作品。億の単位のお金が動く仕事など僕にとっては無縁だが、どんな仕事でも面白い否かは、携わる人次第なのかもしれないと感じた。経済に興味がない人でもきっと面白く読むことができるだろう。ひょっとしたらこの本をきっかけに経済に興味を持つ読者もいるのかもしれない。


ドライグローサリー
冷蔵を要しない食品(一般食品)、雑貨のこと。
レコメンデーション
ユーザの好みを分析し、各ユーザごとに興味のありそうな情報を選択して表示するサービス(IT用語辞典「レコメンデーション」
フィージビリティ・スタディ
新製品や新サービス、新制度に関する実行可能性や実現可能性を検証する作業のこと。
ステルス・マーケティング
消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をすること。
参考サイト
@IT:勝ち組アスクル、ビジネスモデルの本質
顧客のために進化するアスクルビジネス

【楽天ブックス】「再生巨流」

「隠蔽捜査」今野敏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
吉川英治文学新人賞受賞作品。
警察庁長官官房でマスコミ対策を担う竜崎伸也(りゅうざきしんや)と警視庁刑事部長の伊丹俊太郎(いたみしゅんたろう)という2人の警察官僚が1つの事件をきっかけに自らの立場や警察組織を守るために奔走する様子を描いている。
まず興味を引くのは、「出世がすべて」「東大以外は大学ではない」と考えている竜崎(りゅうざき)のほうが、警察内部の怠慢や汚職を許さず、逆に、私大卒で周囲から警察官僚の中でもっとも人間味の有る人と評価される伊丹の方が、警察内の不祥事をもみ消そうとする点である。
おそらく一般的には、警察官僚とか、警察の縦社会という考えに縛られた竜崎のような人間こそが、警察組織内の不祥事を助長し、伊丹のような警察官が正義を貫くと考えられているのだろう。にもかかわらず、そんな先入観を早々と砕く人物設定によって瞬く間に物語に引き込まれていった。
物語の目線となっている、竜崎(りゅうざき)の家族を顧みない考え方や、警察組織として人生を貫こうとする姿勢、その価値観は決して共感できるものではないが、一方で彼の感情に左右されない論理的なものの考え方は個人的にとても理解できる。そして、彼の考え方に触れるうちに、事件を解決することだけが警察組織の人間の役割ではないことがわかるだろう。

組織というのは、あらゆるレベルの思惑の集合体だ。下のものがいいかげんだったら、いくら上が立派な戦略を立てても伝わらないのだ。常にうまく部下を使う方法を考え、同時に、いかにして上司を動かすかを考えなければならない。

物語は最後まで、事件を大して大きく扱わない。あくまでも事件は警察組織の中の対立関係や駆け引きを描くための素材に過ぎない。警察を扱った物語は世の中に数え切れないほどあるが、これほど事件に焦点を当てないで最後まで展開する物語も珍しいだろう。
とはいえ、少年犯罪者の社会復帰を支援するような日本の少年法への疑問もしっかり投げかけている。私刑を許してしまったら法治国家ではなくなる、という警察組織に身をおくものとしての建前と、過去に凶悪犯罪をしながらも、今は普通に世の中で生活している彼らが許せないという気持ちも併せ持つ。私刑や復讐を扱った物語の中では必ずといっていいほど見られる葛藤であるが、それでも人によって意見の分かれる問題であるから面白い。私刑を扱った他の作品として思い浮かぶのは宮部みゆきの「クロスファイア」などがそうだろうか。
ページが残り少なくなるころには、序盤にあれほど忌み嫌った竜崎(りゅうざき)の生き方が好きになっているのだから、見事に著者の思惑にはまってしまったということなのだろう。


KGB
ソ連国家保安委員会の略称。1954年からソ連崩壊まで存在したソビエト社会主義共和国連邦の情報機関・秘密警察。
参考サイト
Wikipedia「警察庁長官狙撃事件」

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「閉鎖病棟」帚木蓬生

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第8回山本周五郎賞受賞作品。
とある精神病院には、重い過去を背負った患者たちが日々の生活を送っている。そんな精神病院の患者たちを描いた物語。
冒頭部分は患者たちの病院に入る前のエピソードが細切れに描かれていて、物語の繋がりを把握するまでに時間がかかるだろう、加えて、精神病院という普通の人にはおそらく馴染みのないであろう舞台設定にややページが重く感じる。それでも馴染みの薄い舞台設定だからこそ感じるものは多く存在していたように思う。
過去に犯した過ちを悔い、外の世界に出ると浴びせられる好奇の視線。いつか退院して外の世界で暮らしたいと思いながらも、もはや普通の生活には戻れないという諦め。そういった一人一人の患者たちの生活や悩みが現実味を帯びて描かれている。普通の人から見れば、奇異な行動と映る彼らの行動にも、彼らにとってはしっかりと意味を持った行動なのだと、感じることができるのではないだろうか。

家に帰りたいけど帰れない。その冷たい壁の存在をすべての患者がどれほど思い知らされてきたことだろう。本当はみんな退院を心から待ち望んでいるのにできない。ここは開放病棟であっても、その実、社会からは拒絶された閉鎖病棟なのだ。

僕らのような「正常」(と世間ではされている)人間こそが彼らのような人の気持ちの理解にもっと努めなければならないのではないか。そんな訴えがこの物語からはひしひしと感じられる。一気に読ませるというようなパワーは残念ながらないし、正直、自分の生活とあまりにもかけ離れた世界の描写に、ページをめくるスピードは最後までゆるやかなままだったが、ラストには相応の感動が用意されていた。
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「脳男」首藤瓜於

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第46回江戸川乱歩賞受賞作品。
連続爆発犯のアジトで2人の男が争っていた。警察が逮捕した1人の男、鈴木一郎(すずきいちろう)は、痛みを感じない男であった。彼は連続爆弾事件の犯人なのか。医師、鷲屋真梨子(わしやまりこ)は男の精神鑑定を担当することとなる。
真梨子(まりこ)は鈴木(すずき)の奇妙な行動の中から、知識として持っている特異な能力を持った人間たちの記憶をたどり始める。未だ謎に包まれている人間の脳。そして、世界に数人しかいないサヴァン症候群の人間たちの能力を物語の素材として、「ではこんな人間もひょっとしたらいるのではないか」と真意実を帯びて伝わってくる。

部屋の隅でじっとしているなどというのではない。文字通り微動だにしないのだ。瞬きもしなければ、指をほんの一ミリ動かすこともな。だれかが手を添えて腕をあげさせるとそのまま腕を上げたままの姿勢でおり、直立させて背中を押すと壁に当たるまで真っすぐ歩き続ける。

一度見ただけですべてのものを暗記してしまうという能力。その並外れた能力は、人間としての生活を送りにくくなる障害とともに現れる。この物語で最大の謎となっている、鈴木一郎(すずきいちろう)の能力も、それに類するもので、物語の中で鷲屋真梨子(わしやまりこ)が鈴木(すずき)の能力を見極めようとするその過程で、実は普通の人間こそがものすごい多様な判断を無意識のうちにしていることに読者は気づくことだろう。

きみはきのう町を歩いているときにすれ違った車のナンバーを全部いえるかね。すれ違った人間の服装をすべて記憶しているかね。生まれつき脳にこの簡単な認識のパターンがそなわっていないせいで、日常生活においてさえなにが必要でなにが必要でないかがわからない人間がいたとしたらどうなると思うかね。

物語中で鈴木一郎(すずきいちろう)が見せるうらやましくなるような記憶力。しかし、それは日常生活を送る上では不要なものである。正常な人間は何が必要な情報で何が必要でない情報なのかを瞬時に判断しているのである。コンピューターが人間の脳に近づくまでにはまだまだ長い年月がかかる。ひょっとしたら永遠にそんな日は来ないのかもしれない。改めて人間の脳について考えさせられる。


壊死性筋膜炎
筋肉を覆っている筋膜という部分に細菌が侵入し、細胞を壊死させてしまう病気
バビンスキー反射
2才未満の幼児には普通に見られる脊髄反射。成長後もこの反射が見られると錐体路障害が疑われる。
サヴァン症候群
知的障害や自閉性障害のある者のうち、ごく特定の分野に限って、常人には及びもつかない能力を発揮する者を指す。(Wikipedia「サヴァン症候群」
後見人
財産に関するすべての事項で、制限能力者に対する法定代理人となる者で、かつ、親権を行う者(親権者: 父母、養親)でないものをいう。(Wikipedia「後見人」

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