「私が弁護士になるまで」菊間千乃

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
元フジテレビアナウンサーの著者が30代から弁護士になることを目指し、新司法試験の合格を目指す様子を描く。

正直、アナウンサーとしての著者をまったく覚えてないのだが、30代になって人生を大きく変えようとするエネルギーはきっと大きな刺激になるだろうと思って読み始めた。キー局のアナウンサーというと誰もが憧れる職業の一つだろう。プロ野球選手と結婚して裕福な家庭を築いていく、というようなイメージを僕自身も持っていた。しかし、それはやはり他人から見た印象であって、当人はやはりいろいろ悩んでいるようだ。本書ではそんな著者の悩みから決断、その過程で出会った困難やよき友人たちが時系列に語られている。旧司法試験や新司法試験、その教育制度、現状のシステムの問題点などにも簡単に触れている点も面白い。

さて、著者は最初は仕事をしながら大宮の学校に通い3時間睡眠で勉強をし、仕事を辞めてからは1日14時間から15時間勉強し続けたという。きっと社会人になってから、日々の生活の忙しさに流されていくうちに、好きな事を本当に一生懸命勉強する事の楽しさを懐かしく、羨ましい気持ちが芽生えた人も少なくないだろう。僕自身もそんな人間の1人なだけに毎日勉強づくしの彼女がなんとも羨ましい。もちろん、3回限りの試験で合格しなければいけないというプレッシャーはつらいものだったのだろうが。切磋琢磨の状態に身をおくからこそ生まれる強い人間関係もまた魅力的である。

過去の出来事や発言から著者に対してはいくつかの批判があるようだが、それは本書から伝わってくる彼女のエネルギーを否定するものではない。30代にして弁護士を目指し、40歳にして弁護士。強い意志さえあれば僕らはまだなんだってできる。そんなエネルギーをくれる一冊。

それでも、今は、これから始まる第二の人生にわくわくしている。この高揚感を安定と引き換えに手に入れたのだとしたら、それも悪くない。私らしいと思う。一度きりの人生、限りある命、今日も精一杯生きたなと思って眠りにつき、朝は、今日はどんなことが待っているんだろうとわくわくしながら目覚める、これが私の理想。
私のこのつたない記録が、同じように人生に迷っている人に、少しでも参考になれば、これほどうれしいことはない。

【楽天ブックス】「私が弁護士になるまで」

「あかね空」山本一力

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第126回直木賞受賞作品。
豆腐屋として成功するという大きな決意を胸に、京から江戸に出てきた永吉(えいきち)。彼はそこでおふみという女性と出会い助け合いながら生きていく。
時代は宝暦12年(1762年)からの数十年間の江戸の町を舞台に描かれる。正直、あまり時代小説を読む機会がないので、すぐにそれがどのような時代なのだかわからないのだが、どうやらこの時代の天皇は桃園天皇、後桜町天皇で、江戸幕府将軍は徳川家重、徳川家治ということである。
そして物語は永吉(えいきち)という一人の男が京で修行をした上で江戸で豆腐屋を開こうとするところから始まる。おふみという生涯の伴侶と出会い、やがて3人の子供に恵まれ、それでもさまざまな問題を抱えながら、家族や周囲の人々と協力して豆腐屋を大きくしていく様子が描かれている。
物語の面白さだけではなく、江戸の人々の生活や社会の制度についても興味を喚起させられるだろう。
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「プレッシャーを味方にする心の持ち方」清水宏保

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
スピードスケートの金メダリスト清水宏保が自身の経験を基にプレッシャーとの付き合い方を語る。
スピードスケートの世界では、清水宏保の身長は非常に小さく、彼はスケードで成功するのは無理と言われ続けてきた。そんな彼が最終的に金メダルを獲得するまでにはどんな過程を踏んだのだろう。序盤はその生い立ちや家族構成、スケートを始めるきっかけなどについて描かれている。スピードスケートのような、4年に1回しか注目を浴びないスポーツにすべてをかける人生というのはなかなか見聞きする機会がないので、彼の生活は非常に面白い。

私に誇れるものがあるとすれば、たぶんそれは自分自身を「客観的」に捉える力があったことです。試合前で興奮している自分に、離れたところから見つめている”もう一人の自分”が冷静な指示を出してくる。

そして中盤以降は彼の競技生活のなかで出会ったいくつかのエピソードとともに彼のプレッシャーに対する対処の方法が書かれている。そのいくつかは日常生活のなかの緊張するような場面でも役立つかもしれない。
個人的に刺激になったのが、清水は現在とある大学院で医療経営学を学んでいるというくだり。僕より年上の彼が学校で勉強してまた新たな人生を始めようとしている事実はなにか心に語りかけるものがある。もちろんその先もきっと平坦な道ではないだろうが、困難に挑戦しつづけてきたが故に持っている考え方があるように感じる。
全体的には、そんなに無理に「ビジネスに活かせます」という方向に持っていかなくてもよかったのではないかな、ということ。もっと単純に清水の考え方や生き方に触れてみたいと思った。
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「号泣する準備はできていた」江國香織

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第130回直木賞受賞作品。
本書は12の小さな物語からなる。いずれもすでに人生を謳歌する若い時代を終えて、どう生きていくか、と考える世代の男女の目線をとらえているように見える。一つ一つの物語がとても唐突に始まり、短いがゆえに唐突に終わる。それでもそんな12の物語全体が漂うなにか共通した空気があるようにも感じる。恋愛感が多く描かれているのはやはり女性作家ならではだろうか。
直木賞を受賞したという事はすくなくとも複数名の人にこの作品は強い印象を与えたという事なのだが、正直、なかなかしっかり伝わってきたとは言えない。いつかこのよさが理解できる日が来るのだろうか。本著者の作品は初めて触れたのだがもう何冊か試してみたいところだ。
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「英語多読法 やさしい本で始めれば使える英語は必ず身につく」古川昭夫

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
学習塾SEG(Scientific Education Group)で英語の多読を勧める著者が英語の上達における多読の有効性を語る。
基本的に本書で述べられているのは、ある程度の単語を覚えたら、ひたすら英語を多読することが英語上達への近道ということである。そして重要なのはその多読のためにレベルに合った本を選ぶことなのだという。過去の生徒たちの成績をもとに、その根拠を説明する。
そしてよくある多くの反論、例えば、「理解できない単語は何度読んでも、辞書で調べない限り理解できない」など、に答えていく。著者が言うには、繰り返し出てくる単語はその前後の文脈から意味を想像できるし、むしろ大事なのは、辞書をひくことによって読書のスピードが落ちるのを避ける事なのだという。しかし、著者が強調しているのは、多読は有効だが決して万能ではないということ。発音をよくするためには当然音声を使ったシャドイングなどの練習も必要だと言う。
本書ではレベル別にいくつかオススメの本が掲載されているので、英語の多読に挑戦したいと思っているひとには助けになるかもしれない。残念ながらすでに英語で普通に読書を楽しんでいる人にとってはあまり役に立つ内容ではなかった。内容についてもやや冗長な部分もあるように感じた。
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「イチロー式集中力 どんな時でも結果が出せる!」児玉光雄

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
過去のイチローの言動に触れながら、目的を達成するための行動や考え方を説明する。
そもそもバッティングの結果だけで評価される野球選手と、様々な分野で仕事をしている人にとっての「成功」を同じ視点で見ていいのかはかなり疑問だが、必ずしも仕事に役立てようとするのではなく、趣味でやっているスポーツの工場のため、とでも考えればそれなりに意義を見いだせるだろう。

じつは集中力というものは、他人と競うことでは決して身につかないのです。

おそらく著者も本書を書くためにイチローに会ったわけではないのだろう。30分ほどで読めてしまう内容なだけに、機会があるなら軽く眺めてみるのもいいかもしれない。
返し示している。そこからわかるのは、まだまだゲーム理論は進化の過程にあるということ。今後の発展にも関心を持っていたいと思わせてくれる。
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「もっとも美しい数学ゲーム理論」トム・ジーグフリード

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
自分の利益を最大にするには、どう行動すればいいか。そんな社会で生きるすべての人間の考えに応用できると言われている「ゲーム理論」。実際にそれはどういうものなのか。著者がわかりやすく説明する。
ゲーム理論というのに最初に興味をもったのは有名な「囚人のジレンマ」の話を聞いたときだろう。しかし、それだけではなく僕にとって「ゲーム」という言葉は学校の授業とは正反対な場所にあって、「理論」と「ゲーム」という相反する言葉によってできた「ゲーム理論」という響きも印象的だった気がする。本書ではゲーム理論の歴史や進化の過程を説明した後、具体的な例をあげてそれがどのような状況に適応できるのかを説明している。
例えば、アヒルの群れがいて、1箇所で一切れのパンを10秒に1回投げ入れる、もう1箇所では5秒に1回投げ入れる。その場合、アヒルたちはどっちにいったほうが多くの餌を食べる事ができるか。というもの。もちろん、1匹であれば、5秒に1回投げ入れる方に行った方がたくさん食べられるのだが、ほかにもアヒルはたくさんいてほかのアヒルも同じ事を考えるかもしれない。結果的にこの均衡点は3分の1と3分の2で、実際の実験でもアヒルは時間が経てばその状態になるのである。
印象的だったのは、テニスのサーブの話。サーブを相手のフォア側に打つかバック側に打つか。強い選手ほど、ゲーム理論が導きだした答えに近いサーブの組み立てになるのだという。強いからそうなのか、それともそうだから強いのか。ほかにもいくつかの日常的な例を挙げてゲーム理論を説明していく。
しかし、本書の焦点は、ゲーム理論の簡単な説明ではなく、むしろ、ゲーム理論は本当に現実に役に立つのか。という点である。例えば上にあげた2つの例はいずれも非常に単純化したもの。現実世界では常にさまざまな要素が同時、かつ複雑に影響し合っている。そして人間も一様ではないし、ゲーム理論がこう、と予想したらあえてそれを避けようとする人間もいるのである。
それでも本書はそんなあらゆる反論に対して、「こういうふうに考える事もできる」と繰り返し示している。そこからわかるのは、まだまだゲーム理論は進化の過程にあるということ。今後の発展にも関心を持っていたいと思わせてくれる。ゲーム理論の最初の入り口として読むにはちょうどいい内容である。

ナッシュ均衡
ゲーム理論における非協力ゲームの解の一種であり、いくつかの解の概念の中で最も基本的な概念である。数学者のジョン・フォーブス・ナッシュにちなんで名付けられた。ナッシュ均衡は、他のプレーヤーの戦略を所与とした場合、どのプレーヤーも自分の戦略を変更することによってより高い利得を得ることができない戦略の組み合わせである。ナッシュ均衡の下では、どのプレーヤーも戦略を変更する誘因を持たない。(Wikipedia「ナッシュ均衡」

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「対岸の彼女」角田光代

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第132回直木賞受賞作品。
3歳の娘あかりを育てる主婦小夜子(さよこ)は同い年の女性が経営する会社で働くことになった。人と関わる事を避けていた小夜子(さよこ)の生活が少しずつ変わっていく。
本書では2つの物語が平行して進む。娘を育てながらも働くことにした主婦小夜子(さよこ)の物語と、高校生葵(あおい)とナナコの物語である。小夜子(さよこ)は、過去の経験から、常に仲間はずれを作り仲間はずれにされないために必死で笑顔を取り繕うわなければならない女性社会に疲れ果てて、人との関わり合いを避けて生きてきた。しかし、面接で意気投合した女社長の経営する会社で働く事となる。また、女子高生の葵(あおい)はイジメが原因で横浜から田舎に引っ越してそこでナナコという風変わりな生徒と出会い次第に仲良くなっていく。
小夜子(さよこ)の勤める会社の社長が葵(あおい)という名前である事から、おそらくこの高校生と同一人物なのだろう、と予想し、どうやって繋がるのか、と期待しながら読み進めることになるだろう。
全体から伝わってくるのは、年をとって大人になっても、逃げているだけでは何一つ変わらない人生である。高校のときはいじめられるのを恐れて笑顔を取り繕い、大人になって子供を持っても、公園で出会う主婦たちから仲間はずれにされないように必死で話を合わせる。小夜子はときどき自らに問いかけるのだ。

私たちはなんのために歳を重ねるんだろう。

それでも、葵(あおい)にとってはナナコが、そして小夜子にとっては大人になった葵(あおい)が世の中の新たな見つめ方を示してくれているようだ。

ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね。

個人的に心に残ったのは、高校時代のナナコとの思い出を胸に、いつかまたそんな瞬間を、と求めながら孤独に生きていく葵(あおい)の姿である。

信じるんだ。そう決めたんだ。だからもうこわくない。

じわっと染み込んでくる作品。若い頃には理解できない何かが描かれている気がする。
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「僕には数字が風景に見える」 ダニエル・タメット

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
サヴァン症候群の著者ダニエルには、数字が色や雰囲気を伴って見える。そんな不思議な能力を持った彼がその人生を語る。
本書では幼い頃の彼の生活の様子から描かれている。世の中から受け取る感覚が一般の人とは異なるゆえに、人とのコミュニケーションが苦手で、また数字や文字から必要以上の感覚を受け取ってしまう。その感覚ゆえに彼が行う遊びなどのエピソードはいずれも面白い。序盤はそんな変わった少年時代と、それでも普通の生活を送ることに対する両親への感謝である。
そして中盤以降は、その努力の結果社会に適応し、自らの能力を生かして多くのことに挑戦する様子が描かれる。その特異な言語感ゆえの記述はいずれも脅威深い。本書のなかで彼は、彼のような言語共感覚は誰もがもっているものだという。例えばまるみのある滑らかな形と鋭く尖った形を魅せて、「ブーバ」と「キキ」という名前をそのうちどちらかに割り当てさせると多くの人が尖った方に「キキ」、まるみのあるほうを「ブーバ」とするというのである。
そんな彼の特殊な言語感ゆえに、彼はその能力で円周率を暗唱したり、一週間でもっとも難しい言語と言われるアイスランド語をマスターする事に挑戦するのだ、エスペラント語や手話についての話も興味深い。言語学習に興味のある僕としても非常に楽しめる内容だった。
人と違っていることで障害者にされる必要はない、だれのからだも違っているのだから。

エスペラント語
ルドヴィコ・ザメンホフが考案した人工言語。エスペラントを話す者は「エスペランティスト」と呼ばれ、世界中に100万人程度存在すると推定されている。(Wikipedia「エスペラント」
キム・ピーク
恐らく先天性脳障害による発育障害で、小脳に障害があり、また脳梁を欠損している。そのため、生活には父親の介護を必要とする。その一方で写真または直感像による記憶能力を持ち、9000冊以上にも上る本の内容を暗記している。また、人が生年月日を言えばそれが何曜日であるか即座に答えることができる。映画「レインマン」で、ダスティン・ホフマン演じるレイモンド・バビットのモデルとなった。(Wikipedia「キム・ピーク」

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「下町ロケット」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第145回直木賞受賞作品。
かつてロケット開発に情熱を注いだ佃(つくだ)は、父の跡を継いでエンジン開発の工場を経営する。しかし数々の試練が訪れる。
元銀行員という経歴を持つ著者池井戸潤(いけいどじゅん)らしい視点が他の作品と同様、本作品でも見られる。会社を維持し、従業員の生活を守るためには、ただいい製品をつくるだけでなく、訴訟や特許、資金繰りなどあらゆる面にしっかりと取り組まなければならないのである。
本作品では佃(つくだ)の経営する、佃製作所が大型取引を打ち切られるところから始まり、その後、競合他社から特許を侵害したとして訴えられるなど試練が続いていく。しかし、そんな苦難のなか信頼できる弁護士やベンチャーキャピタルの助けを借りて、さらに成長していく姿が描かれている。
会社の生き残りに四苦八苦していた前半から、後半は、現実的である従業員の現在の生活かそれとも会社としての夢か、といったことが佃(つくだ)の懸念事項となる。
佃(つくだ)が仕事に情熱を注ぐ姿は本当に輝かしく、仕事とはどうあるべきか、人生とはどう生きるべきか。そんなことを考えさせてくれる。
【楽天ブックス】「下町ロケット」

「いちばんやさしいオブジェクト指向の本」井上樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
現代のプログラミングで頻繁に聞く「オブジェクト指向」という言葉。その意味はあらゆるところで解説されており、その名のとおり「オブジェクトを中心とした考え」なのだが、ではそれで実際その意味を理解できたかというとおそらく違うのだろう。
そんな考えで本書を手にとったのだが、まさに痒いところに手が届く内容だった。過去のプログラム言語を例に挙げてその不都合な部分を明確にし、その不都合さゆえに次第に「オブジェクト指向」という考えが根付いていく過程を示してくれる。プログラム言語の進化の過程を含めて理解することで、より説得力のある形で「オブジェクト指向」という考えを受け入れることが出来る。
おそらくプログラムを仕事にしている人にとっては当たり前の話ばかりなのだろうが、BASICやCなど昔プログラムをちょっとかじったけど最近のプログラムはなんだかよくわからない。という人にはぴったりかもしれない。

Smalltalk
Simulaのオブジェクト(およびクラス)、Lispの機能、LOGOのエッセンスを組み合わせて作られたクラスベースの純粋オブジェクト指向プログラミング言語、および、それによって記述構築された統合化プログラミング環境の呼称。(Wikipedia「Smalltalk」
Simula
最初期のオブジェクト指向言語の一つである。(Wikipedia「Simula」)

【楽天ブックス】「いちばんやさしいオブジェクト指向の本」

「ふたりの距離の概算」米澤穂信

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
毎年5月に行われる神山高校長距離走大会。これから走る20キロを前にして、折木奉太郎(おれきほうたろう)は、仮入部届けを出したにも関わらず、古典部に入部しないことを決めた新入生大日向友子(おおひなたともこ)のその理由に思いを巡らす。
本作品は著者米澤穂信(よねざわほのぶ)の古典部シリーズの第5作目であり、折木奉太郎(おれきほうたろう)や千反田える(ちたんだ)は2年生になって新入生を勧誘するという立場になっている。物語の舞台としては、長距離走大会の20キロのなかで主に、奉太郎(ほうたろう)の回想シーンで展開するというもの。恩田陸の「夜のピクニック」を思い出す人も多いのではないだろうか。
各所に散りばめられた伏線を奉太郎(ほうたろう)が真実に結びつけていくのが面白い。例によってその対象の出来事が、殺人事件などではなく、友人同士の仲違い、といったものであるから気楽に読み進められるのだろう。シリーズの他の作品と同じく、主要な登場人物のなかで繰り広げられるテンポのいい会話もまた魅力の一つである。

「折木さんって真夜中の赤信号は無視するタイプですか」
「真夜中には出歩かないタイプだ」
「お前は守りそうだな」
「わたしは、真夜中に出歩く範囲に信号がないタイプです」

物語の場面の少なさから石持浅海(いしもちあさみ)の「扉は閉ざされたまま」にどこか共通するものを感じた。この本から多くを学べる、というような内容ではないが、著者の技術やこだわりを感じさせる内容である。

ずいぶん楽をしたし、寄り道もした。けれどもいつかはゴールまで行かなくてはいけない。

【楽天ブックス】「ふたりの距離の概算」

「ロード&ゴー」日明恩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
恵比寿出張所の救急隊員生田温志(いくたあつし)が運転する救急車は搬送していた一人の負傷者によってハイジャックされる。
著者日明恩(たちもりめぐみ)は「鎮火報」「埋み火」で消防隊隊の様子を克明に描いていて、本作品も非常に共通する部分を感じる。周辺の道路事情に詳しい様子や、負傷者を搬送し、搬送中に治療を行うがゆえにその救急車の運転には非常に気を使わなければならないことなどが、運転手目線で描かれている。

一分一秒を争う重症外傷の現場において、生命にかかわる損傷の観察と処置のみを行い、その他は省略して5分以内に現場を出発し病院に搬送する。それがロード&ゴー──救急における非常事態宣言だ。

序盤はそんな救急隊員の日常に始まり、やがてその日常の秒無のなかで搬送した、負傷していると思われた男によって救急車は乗っ取られることになる。言うことに従わなければ爆弾を爆発させるという犯人。そんな犯人自身も家族を人質にとられているゆえに犯行に及んでいるという。
その目的はなんなのか。物語が進むにつれ次第に見えてくる犯人の意図や、現在の救急医療の矛盾、社会制度の歪み。さすがに日明恩(たちもりめぐみ)、ただの犯罪小説には終わらない。

救急救命士の資格を持っていても、傷病者がどれだけ状態が悪くて危険な状態だとしても、何も出来ないんです。それが今の法律です。
救急隊員は重篤度の高い傷病者を優先する。その次に優先する、いやせざるを得ないのは、痛みを強く訴える傷病者だ。もっとも後回しとなってしまうのは、痛みを訴えない人となる。我慢強く、謙虚な人であるほど、ときに搬送で後回しになったり、場合によっては搬送を辞退してしまうことも、珍しくない。

物語を面白くしているのは女性の救命救急士の森栄利子(もりえりこ)である。震災で身内を亡くしたために救急士を志し、自分だけでなく他人にも厳しいゆえに周囲と軋轢を抱える。男性が大部分を占める救急というなかで生きていくゆえの難しさや、人を救うことが仕事にもかかわらず、その容姿ゆえに広報役を担わなければならないために、複雑な思いを抱えている。
また、すでに著者日明恩(たちもりめぐみ)の本を読んでいるひとには嬉しいことに、途中、「鎮火報」や「埋み火」の登場人物も活躍する。一気に読める内容と言えるだろう。
【楽天ブックス】「ロード&ゴー」

「空想オルガン」初野晴

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
穂村千夏(ほむらちか)は吹奏楽部の高校2年生。吹奏楽に青春を注ぎ込む過程で彼女の周囲に起こるできごとを描く。
読み始めてすぐに気づいたのだが、どうやら本作品は主人公である穂村千夏(ほむらちか)とその幼馴染である上条ハルタが繰り広げる「ハルチカシリーズ」の第3弾ということで、最初の2作品をすっ飛ばしていきなり第3弾から読み始めるということになってしまった。もちろん内容は本作品から読み始めた読者にもわかるように登場人物の紹介などがされているのだが、おそらく順番どおりに読んだほうが楽しめたのだろう。
物語は高校の吹奏楽部を中心としてコミカルに描かれるドタバタ劇。同じ吹奏楽に情熱を注ぐ他校の生徒との出来事や、部員のトラブルの解決、練習場所の確保などのエピソードである。パっと読んでパっと忘れる、的な物語かとも思ったいて、それは基本的に間違ってはいないのだが、終盤に差し掛かるにしたがって少しずつ考えさせる文章がちりばめられている。
シリーズのほかの作品も読んでみようと思える内容である。

手回しオルガン
ピンの出た円筒に接続されたハンドルを手で回し、円筒に隣接した鍵盤をピンで押さえる仕組みの自動オルガン。
紙腔琴
手回し式の小型オルガンの一種。1890年(明治23年)、戸田欽堂が発明し、栗本鋤雲が命名した[1]。西川オルガン製作所で製作し、東京銀座の十字屋楽器店で売り出した。
駿府城
静岡県静岡市葵区(駿河国安倍郡)にあった城。別名は府中城や静岡城など。江戸時代には駿府藩や駿府城代が、明治維新期には再び駿府藩(間もなく静岡藩に改称)が置かれた。
チベタン・マスティフ
チベット高原を原産地とする超大型犬。俗にチベット犬とも呼ばれ、希少種である。

【楽天ブックス】「空想オルガン」

「安藤忠雄仕事をつくる 私の履歴書」安藤忠雄

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
建築家安藤忠雄(あんどうただお)がその半生を描く。
安藤忠雄(あんどうただお)と言えば、丹下健三(たんげけんぞう)、黒川記章(くろかわきしょう)と並んで、建築など素人である僕にも知っている建築家の一人。そんな有名な建築家でありながら彼のその知識は独学によって身につけられたものだというから興味深い。
本作品は、そんな安藤(あんどう)の学生時代から、建築家になり、現代に至るまでの仕事や生活を描く。安藤の今までの作品とその制作秘話だけでなく、安藤が勉強のために訪れたという日本の建造物もいくつか紹介されているから面白い。
安藤(あんどう)もまた、パソコン、携帯電話という大きな変化のなかで生きている。昭和の経済の絶頂期を知りながら今の不況を生きている。そんな安藤(あんどう)の語るところによるとやはり現代の若い人間が元気がないとか。この世代の人は、自分達の若かったころを美化し、今を嘆く傾向が強い。実際にどうなのかがわからないが、東北大震災後に描かれたらしく、今を嘆く記述が随所に見られた。建築だけでなくいろいろな面で考えさせられる部分はあった。

東大寺南大門
国宝。平安時代の応和2年(962年)8月に台風で倒壊後、鎌倉時代の正治元年(1199年)に復興されたもの。東大寺中興の祖である俊乗坊重源が中国・宋から伝えた建築様式といわれる大仏様(だいぶつよう、天竺様・てんじくようともいう)を採用した建築として著名である。(Wikipedia「東大寺」
倉俣史朗
日本のインテリアデザイナーである。空間デザイン、家具デザインの分野で60年代初めから90年代にかけて世界的に傑出した仕事をしたデザイナー。(Wikipedia「倉俣史朗」
田中一光
昭和期を代表するグラフィックデザイナーとして活躍した。グラフィックデザイン、広告の他、デザイナーとして日本のデザイン界、デザイナーたちに大きな影響を与えた。作風は琳派に大きな影響を受けている。(Wikipedia「田中一光」

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「英雄の書」宮部みゆき

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
中学二年生の兄がクラスメートを殺傷し、姿を消したため、小学生の妹の友里子(ゆりこ)は兄の行方を探そうとする。兄の部屋の書物たちが言うには、兄は「英雄に魅入られた」のだという。
普段の宮部作品のような、平和に見える現代社会に生まれる人々の摩擦を描いた作品を期待したのだが、実際には「ブレイブストーリー」に続くファンタジーということだった。上下巻にわたる物語ではありながらも、ファンタジーとしては短めに類するだろう。残念ながら非現実的なその世界観がなかなかしみ込んでこないで、そのファンタジーゆえの非現実感がそのまま違和感として受け取れてしまった。
別にファンタジーが嫌いなわけではなく、「ロードオブザリング」や「獣の奏者」などは比較的楽しめたと思っている。思ったのは現代社会とリンクしたような、中途半端なファンタジーは書くのが難しいということ。また、ファンタジーはその世界観を読者の心のなかで構築するためにある程度の長さが必要になるということ。
そんなわけで残念がらあまり楽しむことができなかったが、その辺も読者の気分に左右される部分もあると思うので、ぜひ挑戦してみていただきたい。
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「6TEEN」石田衣良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
月島を舞台にした、4人の16才の少年の物語。
直木賞を受賞した「4TEEN」の2年後を描く。正直「4TEEN」を読んだのはもう10年以上前だから、前作のエピソードと絡めて本作品を楽しむことはできなかったが、本作品も同じ4人の少年、テツロー、ナオト、ダイ、ジュンがその日々の生活のなかでお金もなく限られた範囲で与えられた自由のなかで、楽しいことを探してすごしていく中で、いろいろなことを経験し成長する姿が描かれている。
当然といえば当然だが、それぞれのエピソードがかなり作られた感じが出てしまったが、清々しい読了感を与えてくれる。

「今日はいい天気だね」とか「涼しくなったね」とかいう会話が、なによりも一番贅沢な世界というのは、案外悪くないんじゃないだろうか。豊かさとか生涯賃金とか経済成長率なんかに、いつまでもこだわっていても意味などないのだ。
クラインフェルター症候群
男性の性染色体にX染色体が一つ以上多いことで生じる一連の症候群。(Wikipedia「クラインフェルター症候群」

【楽天ブックス】「6TEEN」

「ホーキング、宇宙のすべてを語る」スティーヴン・ホーキング

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
イギリスの車椅子の物理学者、スティーヴン・ホーキングが宇宙についてわかりやすく語る。
サイモン・シンの「宇宙創生」を読んで、人々が永遠にたどり着くことができない宇宙についてその仕組みを何年もかけて明らかにする過程に魅了され、もう少し深く掘り下げたわかりやすい本はないか、と思い本書を選んだ。

本書はホーキングが最初に宇宙について書いた「ホーキング、宇宙を語る」をより読みやすく面白くした。と序文にあるのだが、とても「誰にでも理解できる」とは言いがたい内容である。その読みにくさは内容だけでなく、翻訳にも問題があるのかもしれないが、どちらにせよ消化不良な印象はぬぐえない。
数学関連の本もそうだが、その分野の最先端の話を理解するのに一冊の本を読んだだけで足りることなどないのである。1つのステップとして、少しずつでも本書に出てきた意味のわからない単語を理解するよう努めたい。

【楽天ブックス】「ホーキング、宇宙のすべてを語る」

「時をかける少女」筒井康隆

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
すでに原作より、ドラマやアニメの方が有名になってしまったこの物語。考えてみれば原作を読んでなかったなと思って手に取った。
驚いたのは「時をかける少女」はこの本に含まれる3つの物語のうちひとつということで、予想外に短い物語なのだ。アニメではなんどもタイムリープする主人公だが本作品では和子(かずこ)は自らの意思でタイムリープするのはわずか一回だけなのである。
読み終えてから感じたのは、本作品が何度も何度も繰り返し映画やドラマやアニメになる理由は、その内容ゆえではなくそのタイトル「時をかける少女」というどこかミステリアスでわくわくさせるネーミングにあるのだろうということである。
【楽天ブックス】「時をかける少女」

「無理」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
市町村合併によって生まれたとある地方都市。多くの男女が悶々とした日々を送っている。そんな人々を描く。
物語は同じ地方都市で生きる男女を行き来する。女子高生。市の政治家。生活保護を担当する役員。宗教にはまりこむ主婦。暴走族あがりのセールスマン。いずれも現状に不満を抱きながら、すこしでもよりよい未来を求めて日々悪戦苦闘しているのだがなかなか思うように進まない。
そして次第に5人の悲惨な人生はひとつの出来事へと向かっていく。生活保護や老人を狙った詐欺など、現代の話題を適度に盛り込み意図せず悪循環へと陥っていく不幸な人々をテンポよく描いている。いずれもどこか他人事として見れないリアルさを感じてしまうから面白い。まさに一気読みの一冊。
【楽天ブックス】「無理(上)」「無理(下)」