「タイド」鈴木光司

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
予備校の数学教師の柏田誠二(かしわだせいじ)は生徒から不思議な話を聞かされる。その内容から柏田(かしわだ)はリングの世界へと導かれていく。
時間が経ってしまって前後関係がわかりにくいかもしれないが、本作品は「ループ」の物語の最後で、リングの世界へと送り込まれた二見馨(ふたみかおる)のその後を描いている。リングウィルスを撲滅するために送り込まれて、柏木(かしわぎ)という人格で生きているが、リングウィルスはすでに沈静化し生きる事の意義を失っていた柏木(かしわぎ)。そんな時、生徒の一人から不思議な話を聞かされるのである。
実は「エス」を先に読んでしまったために、「エス」に続く物語だと予想して読み始めたのだが実際には「エス」の前の物語のようだ。残念ながらこれまでの「リング」「らせん」「ループ」を読んでいない人にな意味の分からない部分が多いだろう。むしろ著者のなかにある1つの世界を矛盾のないものにするために書かれたという印象さえ受けた。
リングワールドをこれからも楽しみたいという人以外は読むべき本ではないだろう。
【楽天ブックス】「タイド」

「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」石持浅海

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
横浜の女子校に通う上杉小春(うえすぎこはる)は碓氷優佳(うすいゆか)と同じクラスになる。一緒に学生生活を送る中で少しずつ優佳(ゆか)の能力に魅了されていく。
石持浅海の作品に触れている人ならばすぐに気づく事だろう。本書は「扉は閉ざされたまま」「君の望む死に方」「彼女が追ってくる」で見事な推理で活躍した碓氷優佳(うすいゆか)の高校時代を描いてている。物語の目線を上杉小春(うえすぎこはる)という普通の女子高生に据えることで、碓氷優佳(うすいゆか)のどこか不思議な空気を演出している。
受験、恋愛、夢など、女子高生の生活のなかで起きる出来事の中で碓氷優佳(うすいゆか)がその洞察力を見せて物事を解決していく。石持浅海ファン、というか碓氷優佳(うすいゆか)ファンには読み逃せない作品だろう。
舞台が女子校ということで、あまり緊迫感のある推理にならないのが残念な部分。また、本書だけを楽しもうと思っている人にはあまり進めない。あくまでも他の碓氷優佳(うすいゆか)登場作品とあわせて1つの世界を楽しむのがいいだろう。
【楽天ブックス】「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」

「ユリゴコロ」沼田まほかる

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

亮介(りょうすけ)が母を事故でなくした後、一人暮らしの父親の家の押し入れで不思議なノートを見つける。それは過去の殺人を告白したものだった。
過去の記憶のなかで、幼いある日を境に、母親が別の人間になった記憶を持っている。亮介(りょうすけ)が見つけたノートはそんな記憶を呼び起こすのである。この不思議なノートと不思議な記憶は、読者を物語に引き込むのには十分であろう。しかし、沼田まほかるの描く世界はどこか一般のミステリーとは異なる。スピード感や面白さよりも、じわじわ染み込んでくる寂寥感、孤独感などを大切にしているようだ。
本書も体裁こそ亡くなった母親の真実の姿を探す、という形をとっているが、過程やその結末には著者の独特な世界観が伺える。好みの別れる部分かもしれないし、読む人の人生の立ち位置によって大きく受け取り方の異なる部分なのではないだろうか。
【楽天ブックス】「ユリゴコロ」

「踊りませんか? 社交ダンスの世界」浅野素女

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
パリに移り住んで社交ダンスの魅力に取り憑かれた著者が、それぞれのダンスの起源や魅力について語る。
冒頭で語られていることではあるが、著者は別に社交ダンスの先生でも技術の優れたダンサーでもない。多くの人と同じように社交ダンスが好きな一人の女性である。本書には技術的なことはほとんど書かれていないのである。むしろだからこそ社交ダンスの本としては珍しいかもしれない。

モダンが重力から解き放たれ、天空を翔ることを目ざすなら、ラテンは大地の存在を呼び起こす。

僕自身社交ダンスをここ3年ほど楽しんではいるが、考えてみると10ダンスと言われるモダン5種目(ワルツ、タンゴ、スローフォックストロット、ヴェニーズワルツ、クイックステップ)、ラテン5種目(ルンバ、チャチャチャ、サンバ、ジャイブ、パソドブレ)がどうやって生まれてどのように今の形になったのかまったく知らなかったのである。
例えば社交ダンスのなかでおそらく最初に習い、もっとも時間をかけて練習するだろうワルツについてさえも、きっと発祥はヨーロッパだろうと思いながらも正確なところは知らなかったのだ。本書が語るのはまさにそんな部分。どうやらワルツは多くの歴史を乗り越えて今の形になっていったのだという。
それぞれのダンスについて語る中で、著者のダンスについての考え方も見えてくる。

五十歳のカップルに、二十歳のカップルのダンスは踊れない。その反対も成り立つ。年齢に応じた味わいがニュアンスがあるということだ。肉体のはかなさや人の心の弱さを意識した時にしか醸し出せない味わいというものもあるだろう。

きっと本書を読む事でそれぞれのダンスにさらに深い姿勢で臨む事ができるようになるだろう。社交ダンスをしたことがなくて本書を読んだ人は社交ダンスを始めたくなるかもしれない。
【楽天ブックス】「踊りませんか? 社交ダンスの世界」

「聞く笑う、ツナグ。」高島彩

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
元フジテレビアナウンサーの高島彩が過去の経験や仕事や生活のなかで意識している事を語る。
別に高島彩のファンでもないのだが、彼女の好感度が高い事は普通に知っていた。そんな彼女がどのように考えて生きているのかちょっと興味を持って手に取ってみた。
アナウンサーを志望したきっかけや、新人時代の苦労、印象に残ったできごとについて語っている。主役ではなく、タレントや役者を引き立たせるべき存在であるがゆえの心構えが見えてくる。彼女の考え方は、一般の人にとっても普段の良好な人間関係の構築に役立つのではないだろうか。
個人的に印象的だったのは、初対面の際はベージュの服を着るという考え方。自らを主張するのではなく誰もが緊張する初対面の場を少しでも和ませようとするその意識はちょっと見習うべき事なのかもしれない。
予想した通りタレント本ということで濃密な内容というわけではないが、短時間で程よい読後感を与えてくれる。
【楽天ブックス】「聞く笑う、ツナグ。」

「巨鯨の海」伊東潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
紀伊半島にある太地(たいじ)。そこは江戸から明治にかけて捕鯨が盛んに行われていた。そんな時代に生きた人々を描く。
有名な「白鯨」にあるように捕鯨という文化が世界に存在していたことは知っていても、日本で捕鯨によって栄えた町がある事は知らなかった。本書はそんな人々の様子を数編に分けて描いている。厳しい規則や鯨漁に献身する人々への保障など、生死をかけた仕事ゆえに形成される社会制度が見えてくる。
そうして数編にわたって当時の捕鯨の様子を読むうちに、自分がどれほどこの時代のの日本について知らないかが見えてくる。実際江戸や東京で起こった事はいろんな書物で見る機会があるが、なかなか地方の町の歴史について知る機会はないのである。また、舟の動力のように、僕らが現在その存在を当然のこととして受け入れている物がないことによって生じる当時の人々の苦労は想像できない。
物語の最後を締めくくる「大背美流れ」は実際に起こった出来事で、太地(たいじ)の捕鯨を衰退させるきっかけにもなったのだという。
まだまだ知らない事がたくさんあることを認識させてくれる一冊。国内の文化や歴史にももっと目を向けていきたいと思った。
【楽天ブックス】「巨鯨の海」

「職業は武装解除」瀬谷ルミ子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
著者は紛争地帯で平和のために武装解除の手助けをしている。本書ではそのきっかけと、これまでの仕事の内容やそこで直面する問題について語っている。

そもそも「武装解除」がなぜ職業になるのか、武装解除になぜ手助けが必要か、普通の生活をしている人にはその部分がわからないのではないだろうか。

紛争地帯だった場所では紛争が終わっても、長い間武装して戦争をしていた人たちは働くための知識や技術を持たないため、平和な社会で生きる術がない。しかし手元には相変わらず武器が残っているから、彼らは再び武器を手に取ろうとする。そういう人々が大勢いる限りその国はいつまでたっても平和にならないというのである。著者が職業として言う「武装解除」はそんな長年戦闘に明け暮れて教育も受けてない人々に、武器と引き換えに教育や援助を与え平和な社会に適応させることなのである。

著者は高校のときに見た報道写真を見たことをきっかけに、世界を飛び回るようになったのだ。ルワンダ、アフガニスタン、コートジボアール、シエラネオネなどアフリカを中心に活動しており、本書ではそんななかでの経験の一部を紹介しているのだが、もちろん生死の境で生きてきた人々を、裕福な国から訪れた女性が簡単に説得できるはずもなく、そこでは多くの問題が生じる。

要は、若造の私には、彼らの問題を解決するスキルが何もなかったのだ。好奇心だけで人々の心のなかを土足で踏み荒らした挙げ句、「良いことをした」と自己満足して帰国しようとしていた。
皆が手を取り合って仲良しでなくても、殺し合わずに共存できている状態であれば、それもひとつの「平和」の形であり得る。
犯罪に問われる恐れがあるのに武装解除や和平に応じるお人好しはいない。和平合意の際は、武装勢力が武器を手放して兵士を辞めることと引き換えに無罪にすると明記される。平和とは、時に残酷なトレードオフのうえで成り立っている。
日本は、原爆まで落とされて、ボロボロになったんだろう?なのに、今は世界有数の経済大国で、この国にも日本車が溢れているし、高級な電化製品はすべて日本製だ。どうしたら、そうやって復興できるのか、教えてくれないか?

生死の危険に隣り合わせの場所で、著者の直面する現実や葛藤はどれも新鮮である。世界のありかただけでなく、著者の選んだ生き方と行動力に触れることで、自らの生き方まで見つめ直すきっかけになるだろう。
【楽天ブックス】「職業は武装解除」

「64」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2012年このミステリーがすごい!国内編第1位作品。

未解決に終わった少女誘拐殺人事件。警察庁長官の遺族への訪問を前に刑事部、警務部に不穏な動きが起こり始める。

三上義信(みかみよしのぶ)は広報官という役職で、それは警察の花形である刑事とは異なりむしろ刑事から忌み嫌われる存在。元々は刑事として誘拐事件に関わった事もあり、刑事に戻りたいという想いを抱えながら広報官という仕事を努めている。そして、さらに娘のあゆみが行方をくらましているという家庭事情も抱えているのである。そんな厚い人物設定がすでに横山秀夫らしく期待させてくれる。

物語は警察庁長官がすでに14年もの間未解決状態にある少女誘拐殺人事件の遺族のもとを訪れるという、世間向けの警察アピールを意図する事から動き出す。どうやらその誘拐事件の影には隠蔽された警察の不手際があったらしいという事実が浮かんでくる。

隠蔽された事実を巡って、組織内の権力争いが激化する。刑事部と警務部、地方と東京、あらゆる側面で対立が起こり、利害を一致する者同士が一時的に協力し、そしてまた敵対する。また、広報官役割である故にマスコミ対策についても描かれる。報道協定や、各メディアのあり方についても考えさせられるだろう。
深く分厚い印象的な物語。世界のどこを切り取ってもその場所にはその場所の人の深いドラマがある。そう感じさせてくれる作品。
【楽天ブックス】「64」

「ホテルローヤル」桜木紫乃

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第149回直木賞受賞作品。
田舎町の寂れたラブホテル「ホテルローヤル」を描いた物語。ホテルの利用者や従業員、そこに出入りする業者など、時代を前後しながら人々の様子を描く。
最近こういう青春時代を過ぎてすでに生き甲斐もなくただ時を重ねるだけの疲れきった人々を描いた作品によく出会う気がする。残念ながら僕にはとくに印象に残る物はなかったが、直木賞受賞作品という事なので、ひょっとしたらもっと上の世代に読者には何か強く訴えるものがあるのかもしれない。
【楽天ブックス】「ホテルローヤル」

「ケルベロスの肖像」海堂尊

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
東城大学病院に脅迫状が送られてきた。AIセンターのセンター長となった田口(たぐち)はその犯人を突き止める任務を与えられる。
「チーム・バチスタの栄光」に始まるシリーズの完結編である。「ブラックペアン1988」などの過去の物語や「螺鈿迷宮」などの東城大学病院以外の物語が絡み合って物語が完結に向かう。
シリーズの他の作品と同じように、本作品も物語のなかに現代の日本の医療の問題点が描かれている。司法解剖と遺体を傷つけないAIの有用性はシリーズを通して著者が訴え続けている事の1つであるが、本作品ではエピソード自体へ重みがかかっているように感じる。
過去の登場人物やエピソードが何度も言及されるので、残念ながら過去の作品に馴染みのない方にはあまり楽しめそうにない内容である。本作品がシリーズの完結編という事で、シリーズ通じて活躍した厚生労働省の役人白鳥(しらとり)やロジカルモンスター彦根(ひこね)の爽快な展開が見られなくなるのが残念である。
【楽天ブックス】「ケルベロスの肖像」

「スリジエセンター1991」 海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
東城医大へ赴任した天才外科医天城雪彦(あまぎゆきひこ)は常識はずれな行動で注目を浴びる。それに対抗しようとする未来の病院長高階(たかしな)や佐伯(さえき)病院長など病院内の権力争いは熾烈をきわめていく。
「ブラックペアン1988」「ブレイズメス1990」に続くチームバチスタの10年以上前を描いた物語。「チームバチスタの栄光」など現代のシリーズの方を読んでいる読者は、高階(たかしな)は病院長になるはずだし、本書では生意気な新人の速水(はやみ)は天才外科医になるということを知っているから、きっと物語とあわせてその関連性を楽しむ事ができるだろう。
本書では高階(たかしな)、佐伯(さえき)、天城(あまぎ)など、それぞれの思惑で病院内の主導権を握ろうとする。ただ単純に多くの支持を集めるために医療のあるべき姿を語るだけでなく、それぞれが状況に応じて手を組んだり裏切ったりしながら地位を固めようとする様子が面白い。
医療はすべての人に平等であるべき、という高階(たかしな)や看護婦たちの語る内容も正しいと思うが、一方で天城(あまぎ)の主張するように、お金がなければ高い技術の医療は提供できないという意見にもうなずける。そこに正しい答えはないのだ。その時の世間の意識が医療の形を変えていくのだろう。

患者を治すため、力を発揮できる環境を整えようとしただけなのに関係ない連中が罵り、謗り、私を舞台から引きずり下ろそうとする。

【楽天ブックス】「スリジエセンター1991」

「あなたが愛した記憶」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
幼い子供を殺害した曽根崎(そねざき)は周囲からの信頼も厚い男だった。彼の動機はなんだったのか。
実はこういう物語の始まり方には何度かであった事がある気がする。有名なところだと横山秀夫の「半落ち」もそのような内容ではなかっただろうか。本作品もきっと人には理解されない正義を物語を通じて描いていくのだろう、と思ったし、多くの読者もそう思うのではないだろうか。しかし、その予想は意外な方向に外れていく。
物語は最初の弁護士と曽根崎(そねざき)とのやり取りから一転、その後は曽根崎(そねざき)目線のおそらく数ヶ月前の物語になる。探偵業を営む曽根崎(そねざき)のもとに、自らを曽根崎の娘と名乗る女子高生民代(たみよ)が訪れるのだ。
同じ時期に女性を狙った連続強姦殺人事件が起きているが、どうやら民代(たみよ)はその犯人に心当たりがあるらしい。一体どうしてそれを知っているのか、そもそも女子高生のわりにやけに大人びた民代(たみよ)はどんな秘密を抱えているのか。
相変わらず誉田哲也の物語は読者を一気に引き込む力がある。久しぶりの一気読みの一冊。
【楽天ブックス】「あなたが愛した記憶」

「だから御社のWebは二度と読む気がしない」戸田覚

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
インターネットというものが人々の生活に入り込んですでに10年以上が経過している。印刷物と異なるのは企業が頻繁にサイト上の情報を更新できるというものだ。いつでも変更できるという意識があるからだろうか、多くの企業はウェブサイト上に書かれる文言には、印刷物に書かれる文言ほどコストも時間もかけていないのである。
本書は企業がサイト上の文言を考える上で注意するべきことを、大手企業サイトの悪例を参考にしながら語る。

世の中は、読んでも内容のわからないWebページであふれ返っている。まともな感覚で読めない文章をどういう考えで公開しているのか、理解に苦しむ。

個人的に現在のインターネット事情に感じることと著者の言う事がぴったりだったので興味深く読む事ができた。また、現場での作業に活かせそうな内容にもいくつか出会うことができた。

原則的に見出しは16文字程度に収めるのがベストなのだ。

本書が発行されたのがすでに6年が経っているが、世の中にあふれるサイトは相変わらず読みにくいものばかりである。制作に関わる企業はもっとライティングの重要性を理解するべきなのだろう。
ライティングの重要性を語りながらも本書中にかなりの脱字があったことはやや気になったが特に内容に影響する物でもない。著者が行っているというライティングのセミナーも参加してみたくなった。
【楽天ブックス】「だから御社のWebは二度と読む気がしない」

「あかんべえ」宮部みゆき 

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
生死の境を乗り得たおりんにはなぜか幽霊が見えるようになる。両親が開いた料理屋「ふね屋」に住み着く5人の幽霊。同い年の女の子お梅、美男子の玄之介(げんのすけ)、色っぽいおみつなど、彼らはなぜこの家に住み着いているのか、そしてなぜおりんにだけ5人全員が見えるのか。
江戸の時代を描きながら幽霊という存在を巧みに使って面白おかしく当時の人々の人間関係を描く。なんとも宮部みゆきらしい作品。本作品を面白くさせているのはそんな5人の幽霊たちだけじゃなく、純粋で真っすぐなおりんの言動だろう。

なによ、あの言いっぷりは!あんな意地悪なこと言うのなら、さっさと出ていってくれればいいのに!そうよ、あたしたちがこんなに苦労しているのは、みんなお化けさんたちのせいじゃないの!

きっと本当は誰もが心のうちを素直に表に出して、心の赴くままに行動したいのだろう。しかし、実際には大人になるに従ってそれは難しくなっていく。だからこそおりんに魅力を感じるのである。
そして次第に幽霊たちがその家に住み着いている理由が明らかになっていく。

どうしてあなたはお父とお母に大事にされて、どうしてあたしはお父に殺められて、井戸にいなくちゃならなかった?

産まれた場所や両親など、人にはどんなに強い意志を持とうと選べない物があり、それに翻弄されてしまう人生もまたあることを改めて認識させられる。
【楽天ブックス】「あかんべえ(上)」「あかんべえ(下)」

「海賊とよばれた男」百田尚樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は社員は家族という信念を持って戦後の混乱期を乗り越えていく。
読み始めるまで知らなかったのだが、この物語は出光興産の創業者・出光佐三をモデルにして書かれている。石炭から石油へとエネルギーが移行していく時代にいち早く石油に目をつけて自ら会社を起こし、時代の流れにのって大きくなっていくのだ。
本書で描かれている出来事はフィクションの体裁をとってはいるが、いずれも実際に起こった出来事を描いている。そんな数ある出来事のなかでも、なんといってもイギリスの脅威のなかイランに向かった大型タンカー日章丸のエピソードは、単に「面白い」という言葉では説明しきれない。信念と誇りをもって物事に立ち向かうことの素晴らしさと尊さを改めて感じるだろう。

辛かった日々は、すべて、この日の喜びのためにあったのだ。

「信念」とか「誇り」という言葉は、戦争などの争乱の時代にしか語られないような印象があるが、そんなことはない、日々の仕事に大してもそんな心を忘れずに常に全力で立ち向かった人がいるのである。
僕らはなぜこんな偉大な出来事をもっと語りついでいかないのだろうか。本書を読めばきっとみんなそう感じるだろう。著者百田尚樹がこの物語を書かなければいけないと思った理由は読者には間違いなく伝わるだろう。

【楽天ブックス】「海賊とよばれた男(上)」「海賊とよばれた男(下)」

「小暮写真館」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
高校生の花菱英一(はなびしえいいち)の父親が引っ越し先として選んだのは、元写真屋さん「小暮写真館」の建物。ある女子高生が「小暮写真館」で撮ったとされる心霊写真を持ち込んでくる。
「小暮写真館」という看板のかかったままの家に住む事になったため、英一(えいいち)のもとには、心霊写真が持ち込まれ、それを基にいろんな形の人間関係やそれぞれの心のうちを描かれる。高校生ゆえに、同じ高校の登場人物たちも個性豊かで気楽に読み勧められるなかに、心に刺さる内容があるのが非常に巧い。

人は語りたがる。秘密を。重荷を。
いつでもいいというわけではない。誰でもいいというわけではない。時と相手を選ばない秘密は秘密ではないからだ。
僕を責めたりなんかしない。まず第一に自分の浅はかさを責めるだろう。そういう人なんだ。僕はよく知ってた。知りすぎるくらい知ってた
泣かせようなんて、これっぽっちも思わないんだよ。幸せにしようって、いつも本気で思ってるんだよ。だけどね、何でか泣かせちゃうことがあるんだ。

そして花菱(はなびし)家も複雑な事情を抱えている。現在は英一(えいいち)とその8歳年下の光(ひかる)との2人兄弟だが、7年前に妹の風子(ふうこ)が亡くなっているのである。そして常に家族の頭にはその亡くなった妹の存在が残っているのだ。物語が終盤に差し掛かるに連れて英一(えいいち)の向き合うものは、亡くなった妹を含めた自分自身の家族や友人との人間関係になっていく。
手に取った瞬間に挫けそうになるような分厚い本だが、読む価値ありである。
【楽天ブックス】「小暮写眞館」

「ヤバい経済学」スティーブン・D・レヴィット/スティーブン・J・ダブナー

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1990年代の後半のアメリカ。誰もが犯罪の増加を予想する中、殺人率は5年間で50%以上も減少した。多くの人がその理由を語り始めたという。銃規制、好景気、取り締まりなど、しかしどれも直接的な理由ではない。犯罪が激減した理由はその20年以上前のあるできごとにあったのだ。
わずか数ページで心を引きつけられた。経済学と聞くと、どこか退屈な数学と経済の話のように感じるかもしれないが本書で書かれているのはいずれも身近で興味深い話ばかりである。大相撲の八百長はなぜ起こるのか。なぜギャングは麻薬を売るのか。子供の名前はどうやって決まるのか。こんな興味深い内容を、数値やインセンティブの考え方を用いて、今までになかった視点で説明する。
個人的には冒頭のアメリカの犯罪率の話だけでなく、お金を渡したら献血が減った話や、保育園で迎えにくる母親の遅刻に罰金を与えたらなぜか遅刻が増えた話などが印象的だった。お金を使って物事を重い通りに運びたいならそこで与えるお金の量は常に意識しなければならないのだろう。
なんだか世の中の仕組みが今まで以上に見えてくるような気にさせてくれる一冊。
【楽天ブックス】「ヤバい経済学」

「社長の時間の使い方 儲かる会社にすぐ変わる!」吉澤大

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
時間の使い方を自由に選択できる社長は、その時間をどういうふうに使うべきか、という視点に立って語る。
基本的に本書で書かれているのは、時間とお金を常にその効果に見合うかを考慮して選択するということに尽きるが、普段から心がけている人にとっては特に新しい内容ではないだろう。
Googleカレンダーなどの新しい技術にも触れているが、基本的には著者が普段やっている事をそのまま本にしただけといった印象である。
【楽天ブックス】「社長の時間の使い方 儲かる会社にすぐ変わる!」

「奇跡の脳」ジル・ボルト・テイラー

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
脳解剖学者である著者が、脳卒中を経験しそこから回復する過程を、その脳解剖学者という視点で振り返る。
脳卒中というと、どちらかというと不幸な病気と言う印象を持っていたが、本書で著者が描くその体験はむしろ恍惚とした幸福な体験として描かれている。母親のジジと辛抱強く協力して、脳卒中によって失った脳の機能を回復していく様子に、脳の未知の力を感じてしまう。また、合わせて思うように話したり行動できない脳卒中患者に対する考え方も改めてくれる。
後半はやや宗教的とも聞こえるような、著者の脳卒中体験が基になった感覚的な説明だったため理解しにくいと感じたが、全体としては脳卒中や脳に対して興味を抱かせてくれた。
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「やがて、警官は微睡る」日明恩

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
横浜のホテルが犯人グループに占拠された。偶然居合わせた武本(たけもと)は状況を打開しようと、ホテルマン西島(にしじま)とともに行動を起こす。
「それでも警官は微笑う」シリーズの第3弾である。強面だが職務に忠実な武本(たけもと)と、饒舌だが切れ者のキャリア潮崎(しおざき)を中心に展開されるシリーズである。本作品はホテルの占拠と言うややシリーズの他の作品と比較すると派手な幕開けである。犯人グループの一人から手に入れた無線によって武本(たけもと)は潮崎(しおざき)と交信することになる。
犯人も無線を聞いているはず、という前提の中で武本(たけもと)に意思を伝えようと、潮崎(しおざき)はその饒舌さからくる世間話のなかに様々な情報を差し込んでいくのである。
そんな事件の渦中にありながらも、警察という組織の中で迅速な行動をできずにいる潮崎(しおざき)と同僚のやりとりが面白い。正義を全うしようとする警察間同士でも、それぞれ信じる方法は異なり、それが大きな組織の機能を弱めてしまうのである。そんなシリーズに共通して潮崎が持つ葛藤もまた物語の見所のひとつである。

技術はどんどん向上し、その恩恵に国民は積極的に与っている。同時に、技術の進歩に応じた、今までにはなかった犯罪も起こっている。そんな中、警察は取り残されつつある。その遅れをマンパワーと、団結力で補っている。それがこの国の現状だ。

全体的には日明恩らしさが所々に感じられつつも、事件自体を派手にしすぎたせいか、人間関係などの人と人との感情や世の中のシステムに対するやるせなさのようなものが他の作品と比較すると少なかった点が残念である。本作品の終わり方はまだまだ続編がありそうな雰囲気なので次回作に期待したい。
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