「最後の家族」村上龍

最後の家族

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
引きこもりの長男秀樹(ひでき)を抱える内山家を父、母、秀樹、妹4人の視点から語る。

55歳からのハローライフ」が思っていたよりもずっと深かったので、村上龍の代表作として本作品「最後の家族」にたどりついた。

母の昭子(あきこ)、父秀吉(ひでよし)、妹の知美(ともみ)、そして、秀樹(ひでき)のそれぞれの視点から家族の様子が描かれる。秀樹(ひでき)が引きこもりであることと、父秀吉(ひでよし)の考え方が、家族それぞれの人生に大きく影響を与えていることがわかる。

そんななか、それぞれが少しずつ会社や周囲の出来事の変化によって、変化していかなければならなくなる。その過程で人生がうまくいかない人にありがちな考え方が見えてくるのが面白い。

例えば妹の知美は、知り合いからの旅行の誘いを断るときに次のように感じる。

わたしは、これで自分で決定しなくても済むと思ってほっとしたんだ。自分で決めるというのは苦しいことなんだ。せっかく楽しみにしてたんだからもう一度考え直してよ。せっかく誘ったのにどうして断るんだよ。そう言うのを期待していた。

何一つ自分では決めたくない、周囲に流されれば自分の選択や行動に責任をとらずに、それが正当化される。そんな自分の決断に向き合うことのない人の生き方を教えてくれる。

また、母の昭子(あきこ)も、秀樹(ひでき)の引きこもりの問題と少しずつ向き合う中で変化しはじめる。

このわたしだって自分の考えを人に言うんだから、きっと他の人も言うだろう。言わないのは何か理由があるからだ。自然にそう思うようになったのかも知れない。自分の考えを人に言う。たったそれだけのことだが…それがどういうことなのか知らなかった。

そして秀樹(ひでき)も、隣人の家の女性に惹かれて少しずつ行動を起こし始める。そんなときに出会う考え方が印象的である。

救いたいという思いは、案外簡単に暴力につながります。それは、相手を、対等な人間としてみていないからです。…そういう欲求がですね、ぼくがいなければ生きていけないくせに、あいつのあの態度はなんだ、という風に変わるのは時間の問題なんですよ。

それぞれが特に珍しい生き方をしているわけでもない。それでも、ふとしたきっかけで内面的な、人生の転機を迎え、人間的に成長していくのを感じられる物語。「最後の家族」と呼ぶほど未来が暗いわけではなく、むしろ前向きになれる作品。僕自身あまりこのような受け身な生き方をしてこなかったが、受け身な人の心理が少し理解できるようになった気がする。

【楽天ブックス】「最後の家族」

「55歳からのハローライフ」村上龍

55歳からのハローライフ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
50代のどこにでもいそうな男女を主人公にした5つの物語。50代になって人生の転機を迎え、新しい人生の物語である。

夫と離婚して婚活を始めた女性の話、定年後妻とキャンピングカーで全国を回ることを楽しみにしていた男性の話、本で出会った女性に恋をするトラックドライバーの話など、どれも魅力的な物語である。

個人的にはキャンピングカーの物語が印象的である。同じように喜んでくれると思った妻が、キャンピングカーの話に思っていたほど乗ってこないのである。そして少しずつ、妻や娘にもそれぞれ長い間育んできた楽しみの時間があることを知る。また、自分自身も仕事という時間の過ごし方がなくなった今、新たな生き方を改めて考え始め、多くのことに気付き始めるのである。

年齢を重ねて、人生が生きる価値のないものになっていく、などと考えている人がいるのなら本書はまさにおすすめである。何歳になっても人生は青春であり、ドラマであり、自分自身は主人公なのだ。どんな人の人生にもじっくり語ることのできる物語があることを再認識させてくれるだろう。

【楽天ブックス】「55歳からのハローライフ」