「樹海」鈴木光司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
富士の樹海に絡んだ6つの物語。
印象的だったのは最初の物語である。人生に絶望して樹海で命を断った男性は、死んでからも意識を失う事なく、自らが首を吊った木に憑依し、自らの肉体が月日の流れとともに腐敗し、やがて骨となる様子を見ることとなる。死んだ後の世界が実際どのようなものなのかわからないが、一カ所で何もできずに固定され、意識だけ永遠に持ち続ける以上に苦痛な状態などあるだろうか。そんな今までにない恐怖を味わえるのは鈴木光司らしく、僕が彼の作品が出るたびに読む理由でもある。
本書はそれ以外にも5つの短編が含まれており、それおれが微妙に関連している。世代を超えた不幸の連鎖や希望が感じられるのではないだろうか。
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「タイド」鈴木光司

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
予備校の数学教師の柏田誠二(かしわだせいじ)は生徒から不思議な話を聞かされる。その内容から柏田(かしわだ)はリングの世界へと導かれていく。
時間が経ってしまって前後関係がわかりにくいかもしれないが、本作品は「ループ」の物語の最後で、リングの世界へと送り込まれた二見馨(ふたみかおる)のその後を描いている。リングウィルスを撲滅するために送り込まれて、柏木(かしわぎ)という人格で生きているが、リングウィルスはすでに沈静化し生きる事の意義を失っていた柏木(かしわぎ)。そんな時、生徒の一人から不思議な話を聞かされるのである。
実は「エス」を先に読んでしまったために、「エス」に続く物語だと予想して読み始めたのだが実際には「エス」の前の物語のようだ。残念ながらこれまでの「リング」「らせん」「ループ」を読んでいない人にな意味の分からない部分が多いだろう。むしろ著者のなかにある1つの世界を矛盾のないものにするために書かれたという印象さえ受けた。
リングワールドをこれからも楽しみたいという人以外は読むべき本ではないだろう。
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「鋼鉄の叫び」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
テレビ局に勤める雪島忠信(ゆきしまただのぶ)は父親からの影響で戦時中の特攻についての番組を思い立つ。そこに、特攻を直前で辞めて生き延びた人がいるという不確かな情報を得る。生の声を聞くためにその人間を探そうとする。
本書のなかでも語られているが、戦争を経験した人の多くが他界し、戦争の生の声を聞けるのもあと数年なのだろう。きっとその後は戦争に対する関心も一気に薄れていくのだ。本書はそんな戦争における、日本のとった特攻という悲劇の作戦について読者に示してくれる一冊である。
忠信(ただのぶ)は戦争を体験している父親から一度戦時中の父親の体験を聞かされた事があり、それゆえに特攻という出来事へ執着する。そして、そんな忠信(ただのぶ)が得た特攻の生存者の情報。忠信(ただのぶ)はその情報の真偽を確かめるため奔走するのである。
一方で忠信(ただのぶ)の父親和広(かずひろ)の戦時中の体験も描かれる。そのつらい体験と、病気療養中に海軍病院で出会いその後特攻で亡くなった上官峰岸(みねぎし)の話。
そんな忠信(ただのぶ)とその父親のつながりをもって、戦争を遠い昔の出来事ではなく、世代を超えて現代に繋がる悲劇として巧みに伝えてくれる。
2,3年前に同じく特攻を描いて話題になった「永遠の0」といくつか共通する部分があるが、本作もまた鈴木光司らしく緻密に考え抜かれた深く感動的な作品に仕上がっている。
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「エス」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ネット上にある人物の自殺する様子を撮影した動画がアップロードされていた。プロダクションで働く孝則(たかのり)はその真相を探ろうとする。
「リング」シリーズの鈴木光司が久しぶりにあたらしいホラー小説を描いたのか、とあまり期待せずに読み始めたの。四人の少女を連続して誘拐して殺人した殺人鬼のその動機はなんだったのか。序盤はすこし謎めいた殺人事件にしか見えなかった物が、読み進めるに従って読者は「リング」と無関係ではない事に気づくだろう。
孝則(たかのり)はその自殺映像を託されてその謎を解明しようとする一方で、婚約者である、丸山茜(まるやまあかね)が最近見知らぬ人につけられていると訴える。幼いころに事件に巻き込まれた経験のある茜(あかね)にとっては無視できない出来事なのである。
そうした複数の不思議な出来事がやがて一本の流れへと繋がっていくのである。「リング」シリーズで、「ループ」を読んだときの驚きがここにもあった。かつての人気歌手や人気漫画かが、過去の人気作品にこだわりすぎると見苦しさを感じてしまうが、ここまで見事に過去の名作を蘇らせてくれると、そのすごさに感心してしまう。
まだまだ続編がありそうな内容。生き返った「リング」はどこへいくのか、今後の展開が楽しみである。
【楽天ブックス】「エス」

「エッジ」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
長野、新潟、カリフォルニア。各地で発生している失踪事件。父親が失踪するという経験のある栗山冴子(くりやまさえこ)は失踪事件を扱うテレビ番組のメンバーに加わることになる。
ついさっきまで存在していたかのような痕跡を残して人が失踪する。本作品でも触れられているマリーセレスト号の話は非常に有名であるが、本作品がすごいのは、やはりプロローグである数ページで作り出す、失踪のその空気感である。鈴木光司のその巧みな描写技術はおそらく「リング」で多くの読者が経験したのだろうが、本作品でもそれは健在。これが明らかにSF的内容である本作品まで「ホラー」というカテゴリーに含まれてしまう理由だろう。
さて、失踪事件というと、多くの人は超自然的な話を想像するのかもしれないが、実際にはむしろ非常に科学的な話である。本作品で世の中が狂い始めている…と科学者たちに思わせた最初の出来事は、無理数であるはずの円周率πがある桁以降で0になってしまう、というもの。磁場やフォッサマグナなど、失踪という荒唐無稽でありえない話が、科学的なことや、未解決な歴史的事実と絡めて説明されるうちにどこか真実味を帯びて聞こえる点が面白い。

紀元前三千年から二千年に作られたエジプトや南米のピラミッドには既に円周率が使われている。しかし、歴史上円周率の発見は、それよりずっと後の時代とされている。

そして、冴子(さえこ)と番組のメンバーたちは、真実に近づくどころか、真実の法が人々の目の前に次第に姿を現していく。リーマン予想、反物質、インカ帝国、あるはずのない南極大陸の地図、など好奇心を刺激する要素の数々。きっとこれからも鈴木光司(すずきこうじ)の作品は迷わず手に取ることになるだろう。そう思わせる内容である。

オーパーツ
それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる物品を指す。(Wikipedia「オーパーツ」
歳差運動
自転している物体の回転軸が、円をえがくように振れる現象である。歳差運動の別称として首振り運動、みそすり運動、すりこぎ運動の表現が用いられる場合がある。(Wikipedia「歳差」
リーマン予想
ドイツの数学者ベルンハルト・リーマンによって提唱された、ゼータ関数の零点の分布に関する予想である。数学上の未解決問題のひとつであり、クレイ数学研究所はミレニアム懸賞問題の一つとしてリーマン予想の解決者に対して100万ドルの懸賞金を支払うことを約束している。(Wikipedia「リーマン予想」
ピーリー・レイースの地図
オスマン帝国の海軍軍人ピーリー・レイースが作成した現存する2つの世界地図のうち、1513年に描かれた地図のことを指す。この地図は、クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を「発見」し、アメリゴ・ヴェスプッチが南アメリカを調査してから間もない時期に描かれているにもかかわらず、アメリカ大陸を非常に詳細に描いており、コロンブスやヴェスプッチの原図が失われた現在では、アメリカ大陸を描いた史上最古の地図といわれる。(Wikipedia「ピーリー・レイースの地図」
フォッサマグナ
日本の主要な地溝帯の一つで、地質学においては東北日本と西南日本の境目とされる地帯。中央地溝帯とも呼ばれる。(Wikipedia「フォッサマグナ」

【楽天ブックス】「エッジ(上)」「エッジ(下)」

「ループ」鈴木光司

オススメ度 ★★★★★ 5/5
6年ぶり2回目の読了である。科学者の父親と穏和な母親に育てられた医学生の主人公の馨(かおる)。父親が新種のガンウィルスに侵され発病したことで馨(かおる)は、ガンウィルスの原因を探ろうとする。
本作品は「リング」「らせん」」を読んでこそ最大限に楽しめるが。「リング」「らせん」の続編というよりも、もう一つの物語という位置づけである。
前作「らせん」に引き続き、理系的な視点で物語は進む。物語の舞台は2040年頃の未来に設定されており、技術の発展や進化論における新たな発見を前提としているようだ。コンピュータの中の仮想空間の存在に触れており、読者は自身の存在や世界の存在に疑問を感じることだろう。現実とは一体なんなのだ。風景とは一体なんなのだ。音とは一体なんなのだ。そういう感覚を与えられているだけかもしれない。自分がコンピューターの中のシミュレーションによって生まれた存在と言われてもそれを否定する証拠はこの世界で生きている限り見つからないのである。

特に科学の得意な子供でなくても、一度ぐらいはこんなふうに想像を働かせたことがあるんじゃないか。物質の基本である原子の構造が、太陽系のモデルとそっくりであることから、原始や素粒子もまたひとつの宇宙を形づくっているのであり、その小さな世界にも我々と同じような生命が住んでいるのではないかと。

前作「らせん」で多くの読者が感じたであろう違和感を見事に払拭してくれる作品であった。小説という伝達手段の特長を巧に利用したこの物語は、読者に強烈な驚きを与えるに違いない。そしてその手段こそが、「最高傑作」と言われながら映像化されることのない理由と言えるだろう。これだけの傑作でありながら、題材が理系に偏りすぎているため万人に受け入れられるかどうかは懸念されるところである。


重力異常
重力の実測値とその緯度の標準重力の差のこと。
有性生殖
親個体の雌雄生殖細胞の融合によって,遺伝的に多様な新個体が形成される。
無性生殖
親個体の一部の体細胞から,遺伝的に同じ新個体が形成される。
ニュートリノ
1933年にパウリによって理論的に存在を予言され、26年後に実験で確認された電気的に中性(電荷ゼロ)で、重さ(質量)がほとんどゼロの粒子のこと。他の粒子との相互作用が弱く、物質を素通りするため、宇宙のはるか彼方や太陽の中心部で発生したニュートリノは、そのまま地球にやってくる。そのため、観測が非常に難しく、実際には塩素やガリウム、水素などの原子核に衝突したときにごくまれに起こる逆ベータ反応などにより検出する。

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「らせん」鈴木光司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第17回吉川英治文学新人賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。
幼い息子を海で亡くした監察医の安藤満男(あんどうみつお)は謎の死をとげた友人、高山竜司(たかやまりゅうじ)の解剖を担当する。冠動脈から正体不明の肉腫が発見されたことで、その原因に興味を抱くことになる。
この物語はもちろん前作「リング」を読んでこそ楽しむことができる。「リング」と比較すると読者に恐怖心与える箇所は少ないだろう。DNA、塩基配列など瀬名英明の「パラサイト・イヴ」と似た理系的な物語の印象を受ける。未だ解明できていない科学的な分野を巧妙に利用し、非現実的な出来事を説明しながら展開していく。

現代の科学では根本的な問いには何ひとつ答えることはできないんだ。地球上に最初の生命がどのようにして誕生したのか、進化はどのようにしてなされるのか、進化は偶然の連続なのかそれとも目的論的に方向が定まっているのか・・・様々な説はあれども何ひとつ証明はされていない。

ストレスが胃壁に穴を開ける例などを挙げて、質量を持たない心の状態が肉体に様々な影響を与えるという前提で物語は構築されている。

人間の眼は恐ろしく複雑なメカニズムを持っている。偶然、皮膚の一部が角膜や瞳孔へと変化し、眼球から視神経が脳に延び、見ることになったとは到底考えられない。見たいという意思が生命の内部から浮上してこなければ、ああいった複雑なメカニズムなど形成されるはずがない。

一部の展開には「そうかもしれない」と受け入れられ、人間の新たな可能性に心を刺激されるが、一部では大胆すぎる発想に受け入れ難い箇所もあった。そして、「リング」で作り上げられた山村貞子(やまむらさだこ)の崇高な印象も本作によって大きく修正せざるを得なくなる。「リング」との繋がりに対しても違和感を感じずにはいられない。
また、本作品からは「リング」のようなテンポの良さは感じられない。著者があとがきでも「これほど苦労した作品はない」と書いているが、読んでいても感じられる。それは無駄に長く、受け入れ難い展開として読者に伝わってしまうだろう。
終盤は話を大きくしすぎて「なんでもあり」のような印象を受ける。それによって前作「リング」と本作の途中まで読者に抱かせていた「どこかで現実に起こっているかもしれない」という気持ちから来る恐怖心があっけなく壊されてしまっている点が非常に残念で、本作品の評価を落としている気がする。もちろん、現在の僕にはこの不満が「ループ」によって見事に払拭されることを知っているのであるが、「リング」「らせん」と読み終えた読者の多くは同じような感想を抱くことだろう。
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「リング」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
10年ぶり2回目の読了である。初めて「ループ」を読んだときの衝撃をもう一度味わいたくて、三部作(「リング」「らせん」「ループ」)を最初から読み直すことにした。
出版社に勤める浅川和行(あさかわかずゆき)は姪の死をきっかけに、同じ日のほぼ同じ時刻に起こった4人の男女の突然死に興味を抱く。4人に共通した行動を洗い出すうちに、4人が死んだ一週間前の夏休みに貸し別荘に宿泊していたことを突き止める。そして、その場所に赴いた浅川(あさかわ)は1本のビデオテープと出会う。浅川(あさかわ)は友人の高山竜司(たかやまりゅうじ)と共にビデオテープの真相に迫る。
物語の中で視点は常に移り変わる。それぞれの登場人物の恐怖に対して抱く気持ちは、誰もが身に覚えのあるもので非常に共感できる。そして、そんな心情描写によりすぐに物語にひきこまれていった。
また、物語中では随所に科学では説明できない小さな出来事が散りばめられており、読者の心の中には非現実的なものを受け入れる体制が作られていくだろう。そのため読み進めるうちに嫌でも心の中にある恐怖心は膨らんでいく。

捜査員も含めあの場所にいた人々の間に広がった雰囲気。それぞれ似たりよったりのことを考えているにもかかわらず、そして、そのことが喉まで出かかっているというのに、誰ひとり言い出そうとしない。あの雰囲気。一組の男女がまったく同時に心臓発作で死亡することなどありえないのに、医学的なこじつけで自分を納得させてしまう。

人の恐怖に対する行動を見事に表現しているように感じる。特に竜司(りゅうじ)が語るこの2つの言葉は初めて読んで10年以上経過した今でも頭の中にしっかり残っている。

高校の頃、陸上部の合宿中、あの野郎、部屋に飛び込むなり、顎をがくがく揺らせて『幽霊を見た!』って大声で喚きやがった。トイレのドアを開けようとしたら小さな女の子の泣き顔を見たんだとよ。怪奇映画とかテレビの世界だと、最初は皆信じなくて、そのうち一人一人怪物に襲われて・・・、というパターンだ。しかしなあ、現実は違う。だれひとり例外なく、彼の話を信じたんだ。十人ともな。
オマジナイを実行すれば、死の運命から逃れられる、としたら、たとえ信じなくとも実行してみようかという気にならないか。

物語は無駄な箇所を一切省いてテンポ良く進んでいく。そんな中、ビデオテープの謎を解明する浅川(あさかわ)と竜司(りゅうじ)の行動には、ホラーの登場人物にありがちな「愚かさ」は微塵も感じさせない。むしろわずかな映像から的確に判断して少しずつ真実に近づいていく過程はこの物語を面白くさせている大きな要素と言えるだろう。
物語中盤で、山村貞子(やまむらさだこ)という超能力者の存在が浮かび上がる。そして、貞子(さだこ)からも超能力という特異なものを持ってしまったこと以外は夢を追う普通の女性の生き方が感じられ、共感していくだろう。
ドラマや映画で脚色された「リング」の物語が一人歩きする中、やはり原作が一番だということを改めて感じた。一番の違いは山村貞子(やまむらさだこ)が「恐怖の対象」というよりも、「並外れた能力を持ったがゆえに普通の人生を送ることができなかった可哀想な女性」として描かれている点である。間違ってもテレビの中から這い出てくるような真似はしない。


天然痘
感染すると9〜14日の潜伏期の後に、突然の高熱、頭痛、背および四肢の強直と特徴的な腰部の激痛で発病する。3日ほどで一旦解熱するが再び発熱し多数の痘疹を伴い激烈な痒みと痛みを訴える。この時期を乗り切れば、一生免疫が得られるが死亡率も高い。世界的に種痘が廃止された現在、およそ30歳以下の人は天然痘に対する免疫がなく感染すれば、死亡率は30〜400%に達すると考えられている。
睾丸性女性化症候群
外見上は全く女性であり、ごく普通の女性として育ち結婚して不妊治療などで病院を訪れて発覚するケースがほとんどである。遺伝子的には完全に男性であるが、何らかの原因で男性化が働かず人間の体の基本形である女性型のまま生まれそのまま女性として育ったもの。子供が産めないことをのぞけば完全に女性である。

【Amazon.co.jp】「リング」

「シーズ・ザ・デイ」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2年ぶり2回目の読了である。17年前、ヨットで大平洋を横断途中に沈没というアクシデントに見舞われ、それ以来満足の行く人生が送れていなかった主人公の船越達哉(ふなこしたつや)41歳。そこに、沈没したヨットの正確な位置を記した海図をもった女性、稲森裕子(いなもりゆうこ)が現れ、船越はもう一度その夢に再挑戦することとなる。そしてその過程で17年前の沈没の原因が少しずつ明らかになっていく。
ヨットによる航海というあまり馴染みのないものを題材にしながらも、広い海の上で何ヶ月も集団生活を送るという難しさ。大海原に昇る朝日や沈む夕日、著者のリアルな描写によりその困難や魅力は存分に伝わってくる。そしてその魅力を読者に止むことなく伝えながら物語は進み、船越(ふなこし)の生まれる前に失踪した父親と、娘の陽子(ようこ)を絡めて見事に物語は見事に完結される。父と子の辿った運命、沈んだ船にもう一度出会う運命。そんな抗うことのできない強い運命を感じずにはいられない。

その瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走った。直感がもたらされたのだ。文明の利器によって与えられる情報より確かに、彼はこの世にないことを知った。

そして、もちろん本人の意識次第ではあるが、41歳という年齢でここまで青春を謳歌できる船越(ふなこし)とその友人たちの生き方もまた僕の心を強く刺激するのである。久しぶりに余韻に浸れるような本に巡り合えたと言った感じである。
【Amazon.co.jp】「シーズザデイ(上)」「シーズザデイ(下)」

「神々のプロムナード」鈴木光司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
妻の深雪(みゆき)と長女の亜美(あみ)を残して松岡邦夫(まつおかくにお)は失踪した。友人の村上史郎(むらかみしろう)は松岡(まつおか)の行方を捜すことになり、次第に宗教組織の存在が明らかになっていく。という物語。
失踪した松岡(まつおか)を捜すというメインのストーリーの過程で、自分の仕事にやり甲斐を感じていない史郎(しろう)や男に頼らないと生きていけない深雪(みゆき)を題材として、人としての生き方や存在意義などにしばしば触れていて、そんなテーマ自体は個人的には好きなのだが、残念ながらそれによってこの物語を通じて著者の訴えたい部分がぼやける印象がある。登場人物の心情を効果的に描いたとは言い難い。全体的にもう一つアクセントが欲しかった。
【Amazon.co.jp】「神々のプロムナード」

「光射す海」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
入水自殺をはかって病院に入院することになった若い女性のさゆりは記憶を失っていた。同じ病院に入院していた砂子健史(すなこたけし)はさゆりがたまに口ずさむハミングに聞き覚えがあり、さゆりのことを調べ始める。そして物語は、遺伝子病を絡め、太平洋を航海中のマグロ漁船まで広がっていく。
今回で約5年ぶり2回目の読破となったが内容を知っていても十分に楽しむことが出来た。僕自身は、現状から逃げ出してマグロ漁船で人生を模索する真木洋一(まきよういち)にもっとも感情が多く重なる。真木洋一(まきよういち)は同じようにマグロ漁船に初めて乗り込んだ水越(みずこし)をこう表現する。

道そ捜そうとする「あがき」においては、五歳年下の水越に負けると常々感じていた。持って生まれた体力、知力は人それぞれ異なる。与えられた領域の中で、精一杯あがかなければ生きる意味がないことを、水越(みずこし)から学んだつもりだ。

ハンティントン舞踏病という逃れられない運命に悩む女と、逃げようと思えば逃げられる現実を突きつけられた男。自分だったらどうするか、そんなことを考えてしまう内容である。全体としては、普段の生活からは想像もつかないマグロ漁船での生活と、実在する恐ろしい遺伝病を絡めた物語の展開が非常に上手い。そして結論への導き方も無駄がなくすっきり読ませてくれたうえで、さまざまな興味を掻き立ててくれる。


ケースワーカー
福祉事務所で現業を行う職員の通称。現業員とは、相談援助の第一線で働く職員のことで、これには生活保護だけではなく、障害者や児童、高齢者の相談業務を担当する職員も含まる。通称ですから、本来なら役所内での言葉で終わりそうなのだが、行政機関で福祉関係の相談業務に従事する人数が相対的に多いため、「福祉を中心に生活の相談にのる人」の通り名として一般的に使われるようになっている。
ハンチントン舞踏病
錐体外路障害のうちの運動増加筋緊張低下症候群の一つで、顔面筋・眼筋・舌筋、頚部・四肢などの筋に踊るような不随意運動がみらる。中年すぎに発症し、遺伝性家族性があり、精神障害や痴呆を伴う。有病率は人種によって異なり、欧米では人口10万人あたり4〜7人と比較的多い疾患とされているが、東洋人、アフリカ人では少なく、我が国では人口10万人あたり0.4人となっている。

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