「女神」明野照葉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
誰もがあこがれる美貌を持ち、仕事もトップセールスを誇る。そして恋人はエリート医師、と完璧な女性に見える沙和子(さわこ)。そんな折、同じ職場に勤め、周囲と同じように沙和子(さわこ)に憧れる真澄(ますみ)は、ときどき見せる沙和子(さわこ)の不思議な行動に興味を持って、彼女を観察し始める。
本作品で沙和子(さわこ)が見せる生き方は、人々の心に存在する強い願望を象徴しているようだ。人は誰もが誰かにあこがれている。自分より頭のいい誰か、自分より運動の得意な誰か、自分より優れた容姿を持っている誰か。悩みを持っていない人など世の中にはいないのに、人は誰かにそんな理想の生き方を感じるのだろう。
本作品でもる沙和子(さわこ)は、周囲から見ると完璧な女性。しかし物語は沙和子(さわこ)の視点も移り、沙和子(さわこ)にもまた大きな悩みやコンプレックスを抱えながら生きていることが窺える。そして、だからこそそれが自分の描く完璧な人間を演じようといる努力に変わっていくのである。
沙和子(さわこ)の世の中の一般論に左右されない考え方が爽快である。

主婦として家におさまっている女だって、突き詰めてしまえば同じことだ。からだと居心地のよい住環境を提供して、男に食わせてもらっている。客は夫一人かもしれなくても、売春とたいした違いはない。

僕の頭の中にある常識にも波紋を作る。

男というのは「君の幸せ」と言いながら、自分の人生の設計図に女を同伴者として取り込もうとする。

物語は昨今の世の中の怖さを伝えてくる。お金さえ払えば戸籍を買うことも、整形手術をして顔を変えることもできる。皺や肌のたるみを除去して若くみせることもできる。
しかし、多くの人が誰かにあこがれ、「こんな自分は嫌だ」と思ってはいても、実際に行動に移すことはできない。親からもらった顔を変えるのは良くない。体を売るのは良くない。人を欺くのは良くない。そんな「倫理」と呼ばれるものを言い訳にして、何もせずにただ自分の不幸だけを嘆き続けるのだ。
沙和子(さわこ)がこの作品の中でみせてくれるその生き様は、人によっては「そんなもの『幸せ』ではない」と断じるかもしれない。そういう生き方しかできない彼女を「哀れな人」と蔑むかもしれない。でも、「こんな生き方もありなのかもしれない」「こんなふうに強く生きてみたい」と思わせてくれる部分があるからこそ心に響く何かを感じるのだろう。
本作品で興味深いのは、そんな沙和子(さわこ)の生き方を知った数人の人々の見せた反応である。
僕らが持っているそれぞれの価値観は僕らだけのものであり、必ずしも他人の価値観に依存する必要はないのだから、そんな価値観に正直に生きてもいいのじゃないだろうか。たとえ誰も認めてくれなくたって…。
しかし東野圭吾の「白夜行」に登場する雪穂を思い出したのは僕だけではないだろう。
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「汝の名」明野照葉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
若き女性社長である麻生陶子(あそうとうこ)は、引きこもりの妹である久恵(ひさえ)と一緒に暮らしていた。やがてそんな2人の関係も崩れ始める。
物語は1つの部屋で共同生活を送る2人の女性の生き方を描いている。冒頭は会社を経営する陶子(とうこ)の姿から入り、自らの求める理想の生活を自分の力で得ようとする世の中に対する姿勢のかっこよさに引き込まれていくだろう。そしてやがて、陶子(とうこ)と同居しながら家事の全般を担いながらも、過去の辛い経験から働くことができずに悩む久恵(ひさえ)の内面も徐々に描かれるようになる。
異なる生き方をしているからこそ、時に互いに羨み、時に互いに蔑みもする。そしてそんなやりとりが双方の生きるエネルギーへと変わっていく。
面白いのは陶子(とうこ)の経営する会社のくだりだろうか。顧客のニーズに応じて、現実の世界の演技者を派遣するビジネス。それは、真実か虚構かに関わらず、たとえ一時的なものであっても、自分の求めている環境や人に囲まれていたいという世の中の人々の心を風刺しているようだ。

人は完全に一人では決して満足できない。観客が要る。それが盛大な拍手を贈ってくれる観客ならばなお喜ばしい。自我はそれによって満たされる。

2人の生き方に共感できるか否かは別にして、その生き方の逞しさは昨今の女性たちにぜひ学んでほしい部分でもある。
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