「スピカ 原発占拠」高嶋哲夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本海沿岸に建設され、稼動間近となった原子力発電所がテロ集団に占拠された。原発の建設に一役買った日野佑介(ひのゆうすけ)、ジャーナリストの中川仁美(なかがわひとみ)。それぞれが信念に従って奔走する。
「ミッドナイトイーグル」で興味を持った高嶋哲夫作品の、僕にとっては二作目である。タイトルからイメージされるように、テロ集団による下視力発電所の占拠という事件と絡めて、原発の利点とその脅威を訴える物語である。物語は何人かの視点の間を行き来するが、それぞれの原発に対する考え方が異なっていて、そのいずれかが読者の考え方と重なるだろう。原発制御プログラムの開発者である日野佑介(ひのゆうすけ)はもちろん、「原発とは絶対安全なもので過去の原発事故はすべて研究者の怠慢、もしくは犯罪行為によって生じたもの」と考える。

あれは事故ではなく犯罪ですよ。我々をあのレベルで見られてはたまりませんよ。いまロシアでは子供や老人が寒さに震え、工業が崩壊している。それを救うのは原子力しかない。

そして、環境保護団体に所属する中川仁美(なかがわひとみ)は穏健派でありながらも原発反対の意見を口にする。

会社と政府の最終目的はこの巨大プラントを世界に売り出すこと。地球を原発で埋め尽くそうとしているの。コンピュータで管理された絶対に安全な巨大原子力発電所という商品をね。

また、日野(ひの)の娘である由香里(ゆかり)の主張は、深く物事を知りもしないで「私は立派なことを言っている」という気持ちに浸りたがる多くの人間を代表しているようだ。

原子炉や廃棄物から出る放射能で地球は汚染されて、癌がたくさん発生したり、障害児が生まれるんでしょう。いま、地球は死にかけているのよ。ゴルフ場から出る農薬で水は汚染されて、田や池の魚は死んでいるし、チョウチョやトンボも10分の1に減っているの。

どれも一部正しく一部簡単には解決することのない理想論である。物語はそんな原発に対する大きなテーマを抱えたまま、テロ集団と自衛隊との戦闘シーン、そしてその背景にある大きな陰謀へと広がっていく。最後にロシアの科学者のサリウスが語る台詞は決して答えのない先進諸国に対する問いかけで、個人的には本作品で最も印象に残った言葉である。

世界に科学者という愚かな者がいなかったら、人類はもっと幸福になれたのではないか。進歩という名目で、科学者はその知的興味だけを追っていたのではないか。いま、その科学が地球をも破壊しようとしている。

しかし、知識人たちが何を訴えたところで、他国を蹴落とすことばかりを考える国際社会は、両刃の剣を研ぎ続けることを各国の科学者達に強いるのだろう。この流れはきっと、世界が一度滅びない限り変わらないのだ。
本作品で感じたのは、どうやら高嶋哲夫という作者は銃撃戦などの戦闘シーンを好むようだ、ということ。それは映像化にあたっては非常に面白いのかもしれないが、状況を視覚的に訴えにくい小説においてはあまり推奨されるものではないかもしれない。戦闘シーンにページ数を作なら、小説ならではの詳細な心情描写でテーマをもっと深く掘り下げてほしいと感じた。
さて、僕自身は原発に対しては肯定派でも否定派でもない。残念ながら現時点では原発に対する自分の意見を堂々と主張できるほどの知識を持ち合わせていないのである。ただ、何の代替案もしめさずにだた「原発反対」と訴える人々の行動には違和感を感じる。火力発電に頼れば二酸化炭素が排出されるし、水力発電、風力発電に頼れば電気料金は高騰する。結局原発廃絶には電力の消費を抑えるか、高額な電気料金を国民が受け入れるしかないのである。にもかかわらず代替案を提示せずに「原発反対」と訴え続ける市民団体や、安易にそれを支持する人々は浅はかとしか思えない。個人的にも原発の仕組みをもう少ししっかり理解し、その可否に対する考えを時間をとってしっかりまとめておきたいものだ。
こういう風に思ってしまうこと自体、著者の思惑にはまっているのかもしれない。


スーパーフェニックス
フランスの高速増殖炉。本格的に稼働を開始したのは1986年であるが、その後燃料漏れや冷却システムの故障が相次ぎ、1990年7月に一旦稼働を停止した。最終的にフランス政府は1998年2月に閉鎖を正式決定し、同年12月に運転を終了した。(Wikipedia「スーパーフェニックス」
松川事件
1949年に福島県で起こった鉄道のレール外しによる意図的な列車往来妨害事件。
参考サイト
Wikipedia「スリーマイル島原子力発電所事故」
Wikipedia「チェルノブイリ原子力発電所事故」
「もんじゅ」がひらく未来

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