「夜のピクニック」恩田陸

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第26回吉川英治文学新人賞受賞作品。第2回本屋大賞受賞作品。
高校生活最後を飾る「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統の行事である。互いに意識し合う西脇融(にしわきとおる)と甲田貴子(こうだたかこ)の2人も各々いろいろな想いを抱えながら高校最後の「歩行祭」がスタートする。
物語の視点は融(とおる)と貴子(たかこ)に交互に切り替わる。それぞれの目に映るもの、記憶、友人達との会話、気持ちの描写だけで物語は展開されていく。
スタートしたばかりの前半は余裕から会話も弾む。転校していった友達の話。学校内で広がっている噂話。友人の恋愛の話。そして、そんな中で3年生である融(とおる)や貴子(たかこ)は歩行祭が人生で得難い機会であることを実感している。

みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。

物語中盤からは、距離を歩いたことで疲労が増しそれぞれが無駄な会話を辞め、夜が訪れると共に気持ちが昂ぶり、本当に語りたいことを語り始める。そして人の言葉に対しても自分を偽らない素直な反応しかできなくなる。
学生時代の部活の合宿や、旅行の夜の妙な高揚感を思い出す。人の気持ちを素直にさせるのは非現実的な環境なのかもしれない。
そして、そんな状況で、普段言えないことを素直に口に出した、融(とおる)や貴子(たかこ)の友人達の言葉が心に残る。融(とおる)の友人の忍(しのぶ)、貴子(たかこ)の友人の美和子(みわこ)は物語の中で特に重要な役割を果たしているように感じる。

雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上りきりたい気持ちは痛いほど分かるけどさ、雑音だって、おまえを作っているんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う。

高校生の恋愛感についても鋭い視点が見える。僕が中学生の頃に感じていた恋愛感、周囲の女性達に感じていた違和感。例えばそれは恋に恋する気持ちだったり、思い出として恋愛したい気持ちだったりする。それらの感情を融(とおる)や忍(しのぶ)が代弁してくれているようだ。

何か変だよ。愛がない。打算だよ、打算。青春したいだけだよ。あたし彼氏いますって言いたいだけ

物語は歩行祭の80キロの道のりのみを描き、言い換えるなら登場人物はひたすら歩くだけである。それでも思い出や気持ち、友人達との会話を巧妙に織り交ぜて読者を飽きさせることがない。大人になってからはめったに味わうことのできない懐かしく甘い気持ちにさせてくれる作品だった。「六番目の小夜子」「ネバーランド」に代表されるように、恩田陸のこの世代を主人公とした作品にはいい作品が多いが、そんな中でも最もオススメの作品になった。
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