「ヘーメラーの千里眼」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★★ 5/5
千里眼シリーズ。岬美由紀(みさきみゆき)のストーリー。今回は美由紀(みゆき)の航空自衛隊時代の先輩であり恋人でもあった伊吹直哉(いぶきなおや)一等空尉が訓練中に誤って基地内に進入して標的の中に隠れていた少年、篠海悠平(しのみゆうへい)を誤射してしまったことから始る。

前作「千里眼の死角」で若干ストーリーの設定的に行き過ぎた感があったため、このシリーズをしばらく手に取ることを憚(はばか)られていたが、結局番外編を除いた千里眼シリーズをすべて順番どおりに読破していることとなる。

そんなシリーズの中で、この作品は少し趣が異なり、美由紀(みゆき)の臨床心理士としての活躍よりも二等空尉としての活躍の方が多く、また過去の美由紀の自衛隊時代の話にも触れている点が非常に新鮮である。また伊吹直哉(いぶきなおや)にも同様に深い心理描写があり、2人の主役がいるようなシリーズの中では珍しい設定となっている。

事件の内容を確認する会議の中で伊吹(いぶき)が発する言葉に戦争の矛盾を感じる。

「いつかは人を殺す運命だったんです。それが仕事ですから。過失は、殺した子が日本人だったという点のみです。」

また太平洋戦争中のミッドウェイ海戦で国民に嘘の情報を伝えた国家の隠蔽体質にも触れるなど、今回の物語はシリーズの中でももっとも多くのテーマに盛り込んでいるように感じた。悠平(ゆうへい)の祖父の峯尾(みねお)はこんなふうに昔のことを語った

「きみらの想像では、当時の私らはみんな暗い顔で、虐げられたわが身の不幸を嘆きながら飢えに耐えていたと信じてるかもしれないが、そんなことはない。みんな生き生きしていたし、活力もあったし、正しいと信じてた。だから玉音放送は悔しかったし、悲しかった。」

僕らは物心つく前の時代を教科書でしか知らない。そして教科書に載っている文字から当時を想像し、それを現実として受け止めてきたのだ。時代の流れの中で仕方がないにしても、可能な限り言葉で語り継ぐべきものなのかもしれない。

物語中、僕から見ると完璧としか見えない美由紀(みゆき)が多く葛藤を繰り返すシーンもまた考えさせられる。

 
結局、自己嫌悪にしか陥るしかない自分に気づいた。なにもかも人を嫌うことばかり結びつけて、いったい自分は何様のつもりだろう。もう少し謙虚さを抱けないものだろうか

結局人はいつになっても満足することはできないのだろうか。
物語終盤では自衛隊という組織の中で国を守るという自衛隊員の強い連帯感を感じる。そんな中、迷いのある隊員に向かって美由紀は叫んだ。

人の価値は定まってなどいない。未来が自分の価値を決めるんだ」

そして出撃前にこうも叫んだ。

「かつて、いちどたりとも侵略に屈せず、支配に没せず、途絶えることのなきわが民族、わが文化。四季折々の美しき母国。栄えある歴史も過ちも、すべてわれらのなかにあり。日本国の名を背負い、命を懸けて守り抜く」

僕らは国民の誇りなどすっかり忘れていないだろうか?

そして、そんな忘れ去られたものが「自衛隊」という、普段は近づきがたいフェンスの向こうに、日本の中に確かに残っているのだ。さらに、任務を遂行することでいつまでも青春に浸っていられる彼らをうらやましくも感じた。きっとそれは厳しい訓練を乗り越えたものだけが味わえるものなのだろう。もしまだチャンスがあるならそんな気持ちを味わってみたいものだ。そう思わせてくれる作品であった。数ある千里眼シリーズの中でも特にオススメの作品である。

ストローク(心理学用語)
人間同士が交流する時の、相手に対する投げかけのことをいう。
この投げかけとは、言葉をかけることだけでなく、握手したり、抱きしめたりするスキンシップもそうだし、微笑みかけたり、頷いたりするような視線のやりとり、動作等も含まれます。気持ちの良いストロークが得られないと、逆にマイナスのストロークであっても与えてもらいたいという行動や言動を取るという。

F15
実戦配備されている戦闘機では最強といわれている戦闘機、非常に高価なため、アメリカ以外には日本、イスラエル、サウジアラビアしか保有していない。

ブルーインパルス
航空自衛隊松島基地第4航空団に所属するアクロバットチーム「第11飛行隊」の通称。

フライトアテンダント
最近まで「スチュワーデス」(男性の場合には「スチュワード」「パーサー」など)と呼ばれていたが、1980年代以降、欧米における「ポリティカル・コレクトネス」(この場合は性表現のない単語への言い換え)の浸透により、性別を問わないフライトアテンダントという単語に言い換えられた。

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