「罪の轍」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1960年代の北海道礼文島、漁師の手伝いをしながら、空き巣を繰り返していた宇野寛治(うのかんじ)は警察に終われ東京に向かうこととする。

物語は序盤のみ礼文島の宇野寛治(うのかんじ)の様子を描き、中盤以降は、東京で刑事として働く落合昌夫(おちあいまさお)が他の刑事たちと、その警察官区で繰り広げられる窃盗、殺人そして、誘拐事件の解決に奔走する要するを中心に描く。

本を読むときに大切にしているのは、物語自体を楽しんだり、その本を読むことで得られる知識を吟味することだけでなく、なぜ著者は今これを書いたか、という視点である。本書でいうと、なぜ今さら1960年代を舞台にした誘拐事件を物語として描こうとしたのか、である。

正直最初の印象としては、誘拐事件と身代金の受け渡しという、そこらじゅうで使い古された物語で特に学ぶべき点はなさそう、というものだった。しかし、読み進めるにつれて少しずつ興味深い点も見えてくる。

高度経済成長期のこの時代を扱った物語は少なくないが戦時中ほど物語の舞台になることは多くないので、意外と知らないことが多いことに驚かされた。本書を読むまで、電話の普及のタイミングをあまり知らなかったが、本書によると、この時代に少しずつ固定電話を持つ世帯が増えたのだという。また、物語の舞台に東京スタジアムというプロ野球の野球場が登場する。こちらについても今まで聞いたこともなかったので、長いプロ野球の歴史に改めて感銘を受けた。

そんななか、誘拐事件に固定電話が使われるようになり、いたずら電話に悩む刑事が電話の匿名性を嘆く点が面白い。もちろん逆探知は可能なので完全な匿名性ではないのだが、現代のネットの匿名と似たような空気を感じる。結局人間の歴史とは、少しずつ人々が情報へのアクセシビリティの向上と、人と人との接点の数の増加の歴史であるであり、その過程で多くの議論や事件が生じるのだと改めて気付かされた。

歴史を学ぶ意義と同様に、過去を知ると、現代との比較で世の中の流れがわかり、未来が予想しやすくなる。そういう意味では50年前を舞台にした本書はいろいろと新たな視点をもたらしてくれたが、傑作というにはもう一つ何かが足りないという印象である。

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投稿者: masatos7

都内でUI / UXデザイナー。ロゴデザイナーをしています。

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