「コロナ黙示録」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2019年の終わりが近づく中で武漢でコロナウィルが広がり、東城大学医学部附属病院もコロナ患者の対応を強いられることとなる。

物語は彦根(ひこね)、速水(はやみ)、厚生労働省の白鳥(しらとり)など、これまで海堂尊が「チーム・バチスタの栄光」から作り上げた架空の東城大学医学部附属病院を中心とする医療の世界の主要人物たちがコロナ禍を迎え撃つ様子が描かれている。

物語はもちろんフィクションなので実際の登場人物とは名前が異なっているが、安倍首相ではなく安保首相とするなど、その名前や関連の出来事から、事実に近いことを書いていることがわかる。全体的に著者の医師としての立場から、コロナ禍の政策に対する怒りが伝わってくる。コロナ禍のみならず2020年周辺に起こった、東京五輪の開催や森友学園問題についても深く切り込んでいる。

医療従事者から見たコロナ禍の混乱は、最後に白鳥(しらとり)がつぶやく内容に凝縮されているだろう。

経済ばかり気にして医療のことは気に掛けない。そんな無法地帯の最前線で医療従事者がバタバタ倒れていく。そんな生き地獄で医療崩壊の一歩手前の惨状は、暗愚な安保首相と彼を取り巻く害虫官僚、粛々と間違った方針を強要し続けた僕たち厚生労働官僚、そうした実態を報じないメディアが作り出したものだったんだ。

もちろん著者自身の思いや偏見が混ざっていることは差し引いて考えなければならないが、政治の影響下にあるメディア(御用メディアと呼ぶらしい)の報道を見聞きしているだけではわからない真実が見えてくる。森友問題についてはもう少し詳細に掘り下げたいと思った。同じ著者の「コロナ狂騒録」の方も楽しみである。

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「罪の轍」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1960年代の北海道礼文島、漁師の手伝いをしながら、空き巣を繰り返していた宇野寛治(うのかんじ)は警察に終われ東京に向かうこととする。

物語は序盤のみ礼文島の宇野寛治(うのかんじ)の様子を描き、中盤以降は、東京で刑事として働く落合昌夫(おちあいまさお)が他の刑事たちと、その警察官区で繰り広げられる窃盗、殺人そして、誘拐事件の解決に奔走する要するを中心に描く。

本を読むときに大切にしているのは、物語自体を楽しんだり、その本を読むことで得られる知識を吟味することだけでなく、なぜ著者は今これを書いたか、という視点である。本書でいうと、なぜ今さら1960年代を舞台にした誘拐事件を物語として描こうとしたのか、である。

正直最初の印象としては、誘拐事件と身代金の受け渡しという、そこらじゅうで使い古された物語で特に学ぶべき点はなさそう、というものだった。しかし、読み進めるにつれて少しずつ興味深い点も見えてくる。

高度経済成長期のこの時代を扱った物語は少なくないが戦時中ほど物語の舞台になることは多くないので、意外と知らないことが多いことに驚かされた。本書を読むまで、電話の普及のタイミングをあまり知らなかったが、本書によると、この時代に少しずつ固定電話を持つ世帯が増えたのだという。また、物語の舞台に東京スタジアムというプロ野球の野球場が登場する。こちらについても今まで聞いたこともなかったので、長いプロ野球の歴史に改めて感銘を受けた。

そんななか、誘拐事件に固定電話が使われるようになり、いたずら電話に悩む刑事が電話の匿名性を嘆く点が面白い。もちろん逆探知は可能なので完全な匿名性ではないのだが、現代のネットの匿名と似たような空気を感じる。結局人間の歴史とは、少しずつ人々が情報へのアクセシビリティの向上と、人と人との接点の数の増加の歴史であるであり、その過程で多くの議論や事件が生じるのだと改めて気付かされた。

歴史を学ぶ意義と同様に、過去を知ると、現代との比較で世の中の流れがわかり、未来が予想しやすくなる。そういう意味では50年前を舞台にした本書はいろいろと新たな視点をもたらしてくれたが、傑作というにはもう一つ何かが足りないという印象である。

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「情弱すら騙せなくなったメディアの沈没」渡邉哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
昨今のメディアの凋落について過去の経緯や原因などを含めて説明している。

2021東京五輪の開会式や、2024東京都知事選など、昨今民放が世の中から大きく批判される機会が増えていている。その一つの原因はインターネットという情報発信・取得手段の普及であるが、それ以外にもさまざまな要因が絡んでいるのだろう。メディアの動きをより深く理解したくて本書にたどり着いた。

序盤ではテレビ番組制作の流れと、質の低下の原因について説明している。録画視聴が普及するに従って広告収入の低下を招く。そして、テレビ局はコストカットを強いられ、番組を外注に頼ることが多くなった結果、質の高い番組を作ることができなくなってきたのだという。つまり、現在は事件の報道に人を派遣するリソースもなければ、良い番組を制作する技術もないのである。

印象的だったのが、メディアと暴力団との関係について触れている点である。メディアと暴力団との関係は長く続いていながらも、その悪い印象を払拭するために、メディアはそこからの脱却を図ってきたのである。しかし、その過程でまたいくつかの事件が表面化しているのである。暴力団というと良いイメージを抱かない人も多いのかもしれないが、長い歴史の中で見ると、警察などの組織が未発達な時代に、暴力団は特定の地域や分野の治安維持のために存在意義を発揮していた組織である。従って、過去に暴力団と密接な関係があったというのは当然のことではあるのだが、それを改めてわかりやすく説明してくれている。

中盤以降では東京オリンピックでのロゴの盗作問題や出来事に関連する電通の力の弱体化や、NHKの問題について触れている。そして、最後にはすでに終わっているとしている新聞についても取り上げて現状やその原因に触れている。

興味深かったのが、多くの人が大歓迎すると思っていた電通の力の衰退を、著者は必ずしも良いこととは受け取っていない点である。これまで多くの関係者や関連企業が参加する国際イベントには人々が思っている以上の関係者調整が必要であり、これまでそのノウハウは電通と博報堂に集中してきたのである。著者の電通弱体化による懸念は、次第に海外の大きな資本がこれまでの電通の立ち位置を奪っていくことである。

現状のメディアに対して新たな視点をもたらしてくれた。本書で学んだ内容をふまえて今後もメディア情勢をじっくりみていきたいと思った。本書は読む前に持っていた期待にしっかり応えてくれた。

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「火口のふたり」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
賢治(けんじ)は従姉妹直子(なおこ)の結婚式のために帰省し、そこで久しぶりに直子(なおこ)と再会する。結婚式までの二人の様子を描く。

賢治は41歳、直子は36歳というアラフォーのひとときの関係を描く。

賢治(けんじ)は離婚経験があり、直子は独り身でこれまでフリーターとして生活してきた。そんな人生に心から満足されてない二人の、結婚式当日までの期限つきの関係からは、人生の矛盾や教訓が見えてくる。直子(なおこ)と賢治(けんじ)それぞれが別れ際に語るコメントが印象的である。

生きてるだけで楽しいって思える人と、成功しなきゃ楽しくない人がいたら、生きてるだけで楽しいって思える人の方が何倍も得だ

いまやりたいことをやっていると、人間は未来を失い、過去に何も残せない。明日のために必死の思いで今日を犠牲にしたとき、初めて立派な昨日が生まれる。
俺たちの住むこの社会において最大にして最善と見做されているルールはこれだ。

白石一文の物語は、「私という運命について」「一億円のさようなら」など、深みを感じさせる作品が多いので、今回も久しぶりにそんな世界に浸りたいと思って本作品を手に取ったが、残念ながらそこまで印象的なものではなかった。

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「具体と抽象」細谷功

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
具体と抽象について語る。

人間は動物に比べてずっと抽象的な概念の扱いに長けている。本書ではさまざまな事例を交えて、具体と抽象について語っている。例えば、人間同士の会話などで問題となる、物事の伝わりやすさは、想定している抽象度が語り手と受け手の間で異なることによって起きる。

最も印象的だったのは抽象と具体の世界をマジックミラーに例えた章である。

上(抽象側)の世界が見えている人には下(具体側)の世界は見えるが、具体レベルしか見えない人には、上(抽象側)は見えないということです。

基本的に具体側に近づけば近づくほど、誰でも理解できるようになっていく。逆に言えば、抽象側を広く理解できる人ほど、多くの視点を持っている賢い、時には変人と呼ばれる人間なのだろう。本書では相対性理論のアインシュタインを挙げているが、一般の人には問題の意味すら理解できない数学の問題なども、それのわかりやすい例である。

結局、多くの人が知りたいのは次の2点である。抽象寄りの人が、自分の立ち位置ほど抽象化した事象を理解できない人にどう対応すべきか抽象的思考能力を向上させるためにはどうすれば良いのか。しかし、残念ながら本書では、さまざまん経験を積むこととしか書いてない。実際、その答え以外ないだろう。

書いてあることはいずれももっともで、むしろ当たり前すぎる。しかし、当たり前にもかかわらず、この具体度と抽象度のずれが多くのコミュニケーションのずれを日常で気に生みながら、人はそれに対応する手段も持たず、また改善に努めようとさえしていないのである。

読後の感想としては、こんな当たり前のことをダラダラ書き連ねて、特に具体的な行動提案ももない残念な本という感じだったのだ。ちょっと時間が経ってみると、ここまで世の中の真理をしっかり語った本もなかったと、本書の斬新さに気づき始めた。つまり評価の難しい本である。ぜひ、自ら手に取って判断していただきたい。

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