「そして、警官は奔る」日明恩

オススメ度 ★★★★★ 5/5
武本(たけもと)は市民の通報により、男性の部屋に監禁されている幼い少女を救い出した。それをきっかけに武本(たけもと)は国籍を持たない子供たちの売買という現実と向き合うこととなる。
タイトルから想像できるように本作品は「それでも、警官は微笑う」の続編である。前作で魅力的なコンビを形成していた潮崎(しおざき)と武本(たけもと)は本作序盤で早くも再会を果たし、後の展開に大きく絡むこととなる。これは前作を読んだ多くの読者にとっても朗報であろう。
さて、武本(たけもと)と潮崎(しおざき)は事件の真相に迫る過程で、不法滞在をしている外国人女性達が産んだ国籍を持たない子供たちを取り巻く環境を知り、また、その子供の面倒を見る羽川のぞみ(はがわのぞみ)と辻岡(つじおか)という医者と出会う。明らかに違法な行為であるが、誰にも迷惑をかけていないどころか人の役にさえ立っている。そんな彼らを前に、警察に所属するものとして何をすべきか…、武本と潮崎は考え、悩む。

彼らのしていることで、誰か困るというのだろうか。弱い立場の女性や子供が救われる、それが罪になるのだろうか?法を基準とすれば、間違いなく罪を犯している。だが人として罪を犯しているのだろうか?

同時に事件に関連する警察関係者を通じて、警察内部の多様な考え方も描いている。温情こそが人を更正させる唯一の方法だという考えで犯罪者たちに接する小菅(こすげ)。一方で、情け容赦なく責め立てて、その家族も含めて一生後悔させることが再犯を防ぐ最善の方法と考える和田(わだ)。それぞれが、世の中に罪の意識の低さを憂い、警察の権力のなさを嘆くからこそ、警察本来の力を取り戻して平和な世の中にしたいと思うからこそ貫いている信念であるが、時にそれらは衝突し諍いの元になる。
そして、物語は後半へと進むに従い、それぞれの刑事達の持つ複雑な感情。人々が持つ多くの汚い部分を読者の目の前にさらけ出す。それぞれが持つ信念は、多くの人にとってそうであるように、親しい人の助言や悲しく辛い体験を基に形成されていく。本作品で描かれているように、きっと、過剰とも思えるような強固で信じ難い信念は、耳をふさぎたくなるような苦い経験によって形作られるのだろう。

名前すら判らないまま、亡骸になった子供を前に、ぜったいにこいつがやったと判っている犯人を前に、何もできないことがどれだけ悔しかったことか…

重いテーマを扱いながらも、潮崎(しおざき)の自由奔放な言動が本作品の空気を軽くしてくれている。特に、彼が物語中盤で発した言葉が個人的に印象に残っている。

経験は何にも勝る。僕もそう思っています。ですが、経験があるからこそ、先が見通せてしまって、やってみれば良いだけのことに二の足を踏んだり、もしかしたらやらずに終わってしまうことだってあるんじゃないでしょうか。

武本(たけもと)、潮崎(しおざき)はもちろん、武本とコンビを組む「冷血」と呼ばれる和田(わだ)、それと真逆な考えを持つ小菅(こすげ)など、すべての登場人物が分厚い。多くの経験を経て今の生き方があることが、強い説得力とともに描かれている。そして、傑作には欠かせない、読者をはっとさせるような表現もふんだんに盛り込まれている。

可哀想だから、困っているだろうから優しくしたい。気持ちは判るの。でも、だからって、ただで物を買い与えたりしないで。可哀想と思われることって、思われた側からすれば、最大の侮辱なのよ。

「鎮火報」「それでも、警官は微笑う」と質の高い作品を提供していたため、相応に高い期待値を持って本作品に触れたにも関わらず、それをさらにいい方向に裏切った。読みやすさ、テンポ、登場人物の個性と心情描写、物語が訴える社会問題。文句のつけようがない。
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