「催眠―Hypnosis」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第一弾である。
ニセ催眠術師としてテレビなどに出演して生活していた実相寺則之(じっそうじのりゆき)の前にある日、奇妙な女性、入絵由香(いりえゆか)が現れた。その女性は突如、「ワタシハウチュウジンデス」と語りだし、予知能力も備えていた。そのため実相寺は彼女を占いの館の目玉として売り出すことにした。そして、にわかに世間から注目され始めた由香(ゆか)をテレビで見かけた嵯峨敏也(さがとしや)は彼女への接触を図ることになる。
以前より興味を持っていた「多重人格障害(解離性同一性障害)」という症状について理解を深めたいと思ったのだが、その点については若干掘り下げが浅いように感じた。しかし、それでも新たな知識を充分なまでに提供してくれる。
物語は嵯峨と由香とのやりとりの中で、由香がこのような精神病に至った原因を究明し、解決しようということがメインに進む。そして、嵯峨は入絵由香(いりえゆか)と接することで、今の世の中の家族の形の難しい問題とも言える部分に気づく。

入絵由香の両親は離婚してはいない。両親もいるし帰る家もあるのだから恵まれているように見える。しかし、本当は違っていた。彼女は孤独だった。もっと親の愛情を欲していた。店や仕事なんかより、自分をかまってくれる両親を欲していた。

さらに物語終盤で、嵯峨(さが)は精神病に対する現代の世間の冷たさに問題があることも訴える。

自分が正常であることを再確認したがる心理がはたらき、自分と精神病の人とのあいだに明確な線引きをもとめたがり、差別的な衝動が生じることもあるでしょう。それは現代人ならだれでも持ち合わせている欠点です。しかしその欠点を認め、正しい認識を得る努力をする前に、目を背けてしまう人が多すぎるんです。

少なからず心に響く言葉である。
物語の中で催眠効果が世の中のいたるところに存在していることが述べられている。例えばパチンコに熱中する人が存在するのは、パチンコの仕組みの中に催眠効果を取り入れていることによるものであり、パチンコに熱中するかしないかはその人が生まれ持った被催眠性の強弱によるものだという。読み進めていくうちに、世の中の多く人に対して「悪いのは人間ではなく社会なのだから、そのことで悩んでいる人を救わなければならない」そんなメッセージが込められているように感じる。
そうやって理解するなら、僕の嫌いなタバコもCMによる暗示と依存のせいであるから、被催眠性の強い人が一方的に「意志の弱い人」として世間から攻められるのはおかしい。ということになる。僕自身はこの本を読んでも、やはり「意志の力でなんとかできるはずだ」と主張したい。この辺り、被催眠性が弱いせいで、「自分は意志が強い」と思いこんでいる僕の身勝手な部分なのかもしれない。
しかし、だとしたら一体誰を責めればいいのだろう、何を変えればいいのだろう。大きな命題を突きつけられても答えは見つからない。自分なりの答えを見つけたときにまた一つ成長するのかな。
主人公の嵯峨敏也(さがとしや)は後に千里眼シリーズで岬美由紀(みさきみゆき)と行動を共にすることになるが本作はその松岡ワールドの最初の作品である。


フーグ(遁走)
精神医学用語で、恐怖や強いショックに反応して現実社会からの逃避を起こすこと。場合によっては意識を失ってしまうなどの症状も見られ、多重人格障害で人格が交代するきっかけとしてしばしば報告されている。

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